サルタックの教育ブログ

特定非営利活動法人サルタック公式ブログ。教育分野の第一線で活躍するサルタックの理事陣らが最先端の教育研究と最新の教育課題をご紹介。(noteへブログを移行しました。新しい記事はnoteにアップされます→https://note.mu/sarthakshiksha)

オックスフォード大学入学者データとOECDデータに見る「教育と公正・格差」

オックスフォード大学が社会の格差を生み出している!半年ほど前、こんなニュースがイギリスを騒がせました。オックスフォード大学が、これまで謎に包まれていた入学者(学部生)の属性(家庭環境やエスニシティ)に関する年次統計レポートを初めて公表したところ、大方の予想通り(!?)非常に大きな偏りがあったのです。
入学者のうち圧倒的な割合を占めているのは白人のイギリス人で、ロンドンを中心とした「都会」出身者が多く、社会経済的に不利な家庭・地域出身者や障がい者は少数派です。また、公立学校(state school)出身者が過半を占めているものの、イギリスの他大学と比べるとその割合は顕著に小さくなっています。こうした「エビデンス」に基づいて、大手メディアや政治家などが、「各界のエリートを輩出しているオックスフォード大学は社会格差を解消するどころか、有利な環境にある子供を優遇し、能力はあっても社会経済的な要因で進学できない(そもそも進学意欲を喚起されない)子供を排除することで、格差を固定的に再生産している」といった論調を展開しました。また、私が所属する社会学科でも、年に一度、学科長と教授数名が学生と率直に意見交換をする場があるのですが、そこでも学生から「オックスフォードの社会学者は階層や格差の問題を研究している一方で、自分たちは既得権益を享受しながら、実際に社会の問題を解決しようとは全然していないのではないか」といった厳しい意見が寄せられていました。ちなみに、オックスフォード大学は30以上の学問・生活共同体的な「カレッジ(College)」によって構成されており(正確には、カレッジ以外にも様々な組織があるのですが)、カレッジごとに歴史や文化・習慣などが大きく異なります。噂によると、最も歴史のあるカレッジの一つでは、ディナーの際に給仕する人と給仕される教授陣などが会話をしてはいけない、という階級文化丸出しのルールが未だに残っているとか・・・。

他方、個人的に興味深かったのは、同じ統計データを「エビデンス」として使いながら、オックスフォード大学は入学者データをポジティブに説明し、「ダイバーシティ推進に向けた大学の努力が実を結んでいる」とアピールしていたことです。例えば、2017年の学部入学者(イギリス居住者)のうち、黒人及びエスニック・マイノリティ(簡単に言えば、白人以外ということになります…)の割合が17.9%だったのですが、これは少な過ぎる(白人の割合が大き過ぎる)との批判が多い一方で、オックスフォード大学は過去データを持ち出して、2013年(同割合が13.9%)と比べると過去5年間で大きく改善している、と主張しているのです。同様に、社会経済的に不利な地域出身者も、2017年は10.6%と非常に限定的ですが、2013年の6.8%と比べることで、オックスフォード大学は「改善している」ことを強調しています。

(なおご参考までに、理事の畠山が日本の課題として各所で指摘しているジェンダー格差については、オックスフォード大学は2017年の学部入学者のうち50.1%が女子学生で、過半を達成しています。とはいえ、専攻によって大きなバラつきがあり、例えば実験心理学は80.8%が女子なのに対し、コンピュータ・サイエンスは7.9%となっています・・・。)

この論争からも分かるように、「教育と公正・格差」は社会的にも関心が高く重要なテーマですが、一時点のデータを切り取るのと、複数年をまたいで変化を捉えるのでは、同じ「エビデンス」を使っていても異なる解釈を導けます。翻って、昨今は日本でも「東京大学の学生の親の年収は非常に高い」、「子供の学力や学歴は家庭の社会経済的な環境によって強く規定されている」といった認識が広まっていますが、果たしてそうした実態は、経年で考えた場合、また諸外国と比較した場合、どのような特徴を有しているのでしょうか。この問に答えるためのデータはいくつかありますが、今回はOECDが先月公表したレポート「Equity in Education: Breaking down barriers to social mobility」を参照しながら、日本の実態を見ていきたいと思います。

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1. 家庭環境(経済社会文化的背景)が学力に与える影響

上記のサブタイトルにある「経済社会文化的背景」という文言を見て、「おやっ」と思われた方もいるかもしれません。社会学や教育学などでよく使われるのは、「社会経済的背景(socio-economic status:SES)」ですが、OECDではPISA(生徒の学習到達度調査)の質問紙データから、各生徒の家庭環境を示す指標として、「経済社会文化的背景(economic, social and cultural status:ESCS)」というものを作成・使用しています(親の学歴、職業、及び家庭の資産状況から成る合成変数)。
このESCSが、2015年に行われたPISA・理科のスコアにどの程度の影響を与えているか(理科スコアのバラつき=個人差の何%がESCSによって説明可能か)、各国の状況を整理したのが下図です。これを見ると、OECD平均12.9%に対して日本は10.1%と低く、OECD諸国全体と比べて家庭環境(ESCS)の影響力が相対的に小さく比較的公正な社会と言えそうです。

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(出所)OECD(2018)Equity and Educationより作成

しかし、冒頭のオックスフォード大学にならって(?)、下図のように2006年の結果も踏まえて各国の変化を見てみると(X軸が2006年、Y軸が2015年)、少し違う主張が可能になります。図中で斜めに引かれた45度線より下にある点は2006年よりも2015年の方がESCSの影響が小さく社会の公正性が高まっている国・地域、同線より上にある点は経年でESCSの影響力が大きくなり公正性が低下している国・地域、と見ることができます。すると、多くの国が45度線よりも下に位置している中で、日本は同線よりも上に位置しており、ESCSの影響力が10年前と比べて高まっていることが示唆されます。ただし、もう少し統計的な分析を加えると、この2006年と2015年の差は有意ではないため、この結果をもって日本社会は公正性が低下しているとは結論づけられません。それでも、少なくとも同期間にESCSの影響力を弱めている社会がある(特に、2006年にはESCSの影響力が日本より強かったものの2015年には日本と同水準あるいは弱くなっている社会や、2006年に日本と同水準だったものの2015年にESCSの影響力をさらに弱めている社会がある)ことを踏まえると、より公正な社会の実現を目指す観点からは日本もさらなる改善の余地があると言えるでしょう。(なお、このような議論をすると、そもそも家庭環境と学力の観点から公正な社会を目指す必要があるのか、という問もよく聞かれますが、筆者としては目指すべきだと考えています。その理由は・・・書き始めると非常に長くなってしまいますので、この点についてはまた稿を改めます!)

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(出所)OECD(2018)Equity and Educationより作成

2. 親の学歴と子供の学歴の結びつき(学歴の世代間移動)

前回の記事でも少し触れたように、親の学歴と子供の学歴がどの程度結びついているか、という点は(教育)社会学が長きに渡って問い続けてきたテーマです。今回参照しているOECDのレポートでも重要な指標として扱われており、その一つとして以下のように①親と比べて子供の学歴が高い(上昇移動)、②親と子供の学歴が同等、③親と比べて子供の学歴が低い(下降移動)、それぞれについてデータを集計しています。これを見ると、日本は上昇移動が約41.3%、下降移動が約11.0%で、いずれもデータが利用可能な国・地域の中で、高くもなく低くもなく・・・という位置にいます。

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(出所)OECD(2018)Equity and Educationより作成

ここで再び、経年の観点を取り入れて、世代間学歴移動が異なる世代間でどのように異なるか見てみましょう。「世代間」という言葉が2回出てきて少し分かりづらいかもしれませんが・・・ここではシンプルに、56-65歳の人たち(世代1)と26-35歳の人たち(世代2)を取り出して、「世代1の学歴上昇移動・下降移動の割合」と「世代2の学歴上昇移動・下降移動の割合」の差を取り、年上の世代1に比べて若年の世代2で上昇・下降移動がどの程度起きているのかを見ていきます。例えば、下図で一番上にある韓国は、上昇移動(青帯)の変化が約26%ポイント、下降移動(赤帯)の変化が約-1.5%ポイントとなっており、若い世代2(26-35歳)で上昇移動を果たした割合が、年配の世代1(56-65歳)で上昇移動を果たした割合よりも26%ポイント大きく、逆に下降移動してしまった人の割合は、世代2の方が世代1よりも若干小さいことを示しています。これに対して日本では、上昇移動の世代間差は約-20.9%ポイント、下降移動の世代間差は6.6%ポイントであり、若い世代の方が上昇移動する割合が小さく、下降移動する割合が大きくなっていることが分かります。この指標は、各社会において教育機会の拡大がどのようなタイミングでどのように発生したか/していないかによって大きく左右されるため、一概に世代1と世代2の学歴移動割合の差をもって当該社会の公正性を断ずることはできません。特に、上昇移動については、例えば世代1の時代に教育機会が急速に拡大して上昇移動が達成された社会では、世代2がさらに上昇移動するのは難しく、他方で世代2の時代になってようやく教育機会が拡大し始めた社会では、世代1に比べて世代2の方が上昇移動の割合が大きくなるのは不思議ではありません。それでも、この2世代の間で上昇移動の減少と併せて下降移動が増加している実態を踏まえると、少なくとも日本の若者世代が、学歴移動の観点からは相対的に厳しい環境下に置かれていることは注目に値します。なお、今回の記事では紙幅の都合で詳述しませんが、そもそもこうした絶対的な学歴移動を示す指標や、より相対的な観点を取り入れたオッズ比(odds ratio)などの伝統的な指標を使って社会移動を論じるだけでは不十分である(往々にして親の影響力を過大評価してしまう)ことが、近年の研究で指摘されています。では具体的にどのようなアプローチが必要になるのか、という点については、また次回以降にご紹介したいと思います。

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(出所)OECD(2018)Equity and Educationより作成

3. 経済社会文化的に不利な生徒と学校環境の結びつき

今回参照しているOECDのレポートでは、経済社会文化的に不利な(ESCSが低い)生徒は、同じく経済社会文化的に不利な学校に通う傾向があり、結果的に個人レベルでの不利益に加えて、学校レベルでの不利益も被り、二重の意味で苦しい状況に置かれていることを指摘しています。実際、下図を見てみると、OECD加盟国では全般的に、ESCSが低い生徒は不利な学校(当該学校に通っている生徒のESCS平均値が全国の下位25%)に多く在籍し、有利な学校(当該学校に通っている生徒のESCS平均値が全国の上位25%)に在籍している割合は非常に限定的です。日本については、ESCSが低い生徒のうち不利な学校に通っているのは約49%とOECD平均(約48%)よりも多く、有利な学校に通っているのは約5.3%とOECD平均(約6.4%)よりも少なくなっています。

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(出所)OECD(2018)Equity and Educationより作成

しかし、下図のとおり2006年からの変化を見てみると、経済社会文化的に不利な生徒のうち有利な学校に通っている割合は、OECD平均と同様に日本もほとんど変化を見せていませんが、不利な学校に在籍している割合については、-1.3%ポイントと小さくなっています。これまで見てきた指標と同様に、この変化一つをとって日本社会の公正性を判断することはできませんし、そもそも学校環境の有利/不利を判断するためにOECDがここで使っている指標は、一国内における各学校の(生徒の経済社会文化的背景に基づく)相対的なポジショニングであるため、当該学校で展開される教育・学習の質などを必ずしも正確に反映していません。それでも、ESCSの観点から評価した場合(特に他のOECD加盟国と比較してみると)、日本では不利な家庭環境下にある子供が、さらに不利な学校環境に置かれる傾向を緩和できているという意味で、公正性を一定程度高めていると言えそうです。

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(出所)OECD(2018)Equity and Educationより作成

4. おわりに

ここまで、特定の一時点だけでなく、複数時点(世代)での比較が可能なデータに着目して「教育と公正・格差」について概観してきましたが、今回参照したOECDのレポートには本稿では紹介できていない面白い知見がたくさん詰まっています。例えば、興味深い概念の一つが「レジリエント(resilient)」です。日本でも、レジリエントという用語は防災や街づくり、ヘルスケアなどの文脈で使われることが多くなってきている印象ですが、OECDがここで意味しているのは、経済社会文化的に不利な生徒が一定以上の学力や生活満足度、自己有能感などを備えている状況です(設定されている達成水準は、例えば国内の上位25%、PISA全参加者の上位25%、PISA習熟度レベル3以上、といったものです)。これらのデータを見ていくと、日本では、例えばPISAスコアについてはレジリエントな生徒が多い一方、社会的・情緒的なスコア(生活満足度、学校親和性、テストに対する不安感、の3要素から成る合成変数)についてはレジリエントな生徒が少ない、といった結果が出てきています。また日本に限った話ではありませんが、学力や最終学歴に関する格差の萌芽は10歳頃から既に見られるとの分析結果を踏まえ、家庭環境等に基づく格差を解消し、より公正な教育・社会を構築していくための方向性として、早期から質の高い学習機会を経済社会文化的に不利な子供たちにもしっかりと提供し、必要なスキルを身につけられるようにしていくことの重要性を唱えています。この理念自体には賛同できるものの、実際に施策・実践を設計・展開していく段になると、大上段の政策提言とは異なる難しい要素(上述のようなデータだけでは答えが出せない具体的な問や諸調整)がたくさんあるんだよなぁ・・・と思われる方も多いかもしれません。それでも、今回見てきたような「時系列×国際比較」という視点は、具体的な施策・実践の前提として精緻に実態を把握する上で有用なアプローチですので、筆者としても積極的に活用し、理念の実現に向けて少しでも貢献していきたいと考えている次第です。

荒木啓史

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