サルタックの教育ブログ

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教育は民主主義をより良いものにできるのか?-教育を機能させるために必要な条件

1. はじめに

こんにちは、サルタック・インターンの吉川茉利です。

2016年、選挙権年齢が18歳に引き下げられる改正案が成立したとことに伴い、日本では若者の投票を促す教育政策が文部科学省主導で試行錯誤されてきた。若者を中心とした政治離れは日本において長年問題視されてきたが、投票率の低下は日本に限ったことではない。投票率の低下は他の先進国でも共通して観察される社会問題であり、その要因や影響をめぐって様々な研究が行われている(若者の政治に対する価値観の変化を指摘した例としてBlais & Rubenson(2013)、比較的投票率が高い高学歴層の意見が抽出されていくと論じた例としてDassonneville & Hooghe(2017)が挙げられる)。

投票率の低下という問題に対するひとつの解決手段として、教育にはどれだけ可能性があるだろうか。今回の記事では、教育学の研究に政治心理学の知見から分析を加えつつ、公的な教育が民主主義においてどのような役割を担い得るのか、その役割を機能させるためにはどうしたらいいのかという点を考察していく。

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2. 教育と投票率に関する既存の議論

教育と投票率の関係性に対する研究は多くの研究者によって長年積み重ねられてきたが、その結果は混在している。教育と政治行動(投票だけではなく選挙運動の支援や署名活動なども含む)の関係性に関する既存の研究を包括的に分析し、理論や分析手法の観点から特に信頼し得る研究を考察したレビュー論文として、Manning&Edwards(2014)があげられる。この論文の結論として筆者らは、市民教育(社会科の授業や政治に関する討論など)が政治行動に与える効果は一定の証拠が存在する一方、投票行動に対する効果はほとんど証明されていないと主張している。もちろん実証的に投票行動に対する効果を検証しようと試みた研究は数多く存在するが、教育の数値化やバイアスのコントロールが困難であり、未だに議論が続いている。

では、議論の決着がつかない中、現状では教育と投票行動の間にどのような因果関係が想定されているのだろうか。高等教育と投票率、ボランティア活動の因果関係を実証的に示そうと試みたDee(2004)は、政治情勢や社会のアジェンダを考慮して判断する能力が教育によって養われ、投票先を判断するコストが下がるのではないか。また、民主主義を重視する価値観が養われるために投票率が上がるのではないかと主張している。一方、Croke et al.(2016)は、政治に対する知識が身に着くほど選挙の無意味さを感じて参加しなくなる、あるいは教育を受けることで現職に批判的となり、適切な競争者がいない限りわざわざ正当性を与える投票はしないのではないか、という観点から、教育が投票率を上げるという説に反論している。このように教育と投票行動の間には多様な角度から因果関係が想定されており、世界中の複数の国や地域のデータで実証研究が繰り返されているが、Manning & Edwards(2014)が指摘するように結果が混在している。

3. 政治心理学的視点からの考察と整理

上記の議論で問題となるのは、教育と投票行動の関係を規定する要因は何かという点である。投票行動に関していえば、政治心理学の分野ではRiker & Ordeshook(1968)が提示した説が強い影響力を有している。すなわち、以下の公式においてR>0となれば個人は投票を選択し、R<0となれば投票を選択しないというのだ。


R=pB-C+D

p:possibility、自分の1票が選挙結果を左右する主観的な確率
B:benefit、自分が支持する候補者が当選した場合に期待される効用と、支持しない候補者が当選した場合に期待される効用の差
C:cost、投票に必要とされるコスト
D:democracy or duty、投票によって民主主義を尊重、支持することへの満足感あるいは義務感

この公式を基に考察してみると、教育と投票行動の間の因果関係は次のように整理される。
「教育を通じて様々な政治情勢、社会のアジェンダを考慮して判断する能力が養われ、投票先を判断するコストが下がる」=C↓
「教育による民主主義を重要視する価値観の強化」=D↑
「教育によって投票を無意味に感じる、投票効果への懐疑」=P↓
「教育を受けることで現職に批判的となり、適切な競争者がいない限りわざわざ正当性を与える投票はしない。」=D↓
このように整理すると、それぞれの因果関係が互いに背反ではないことがわかる。投票行動に対する教育効果は「あるかないか」という単純なモデルではなく、各変数に正または負の影響を同時に与え、その合計としてRを変動させるという複雑なモデルだと考えられる。つまり、「教育は投票行動を促すか」という問いに対してはyesかつnoという回答が成立してしまうため、教育水準と投票率の関連性を検証するだけでは生産的な議論をすることができない。教育がどのような条件下で、どのようなメカニズムを通じて、どの程度の影響を及ぼすのかという部分まで分析していく必要がある。そこで以下では、投票行動に対する教育効果の正負や大きさを変動させ得る条件について考察していく。

選挙制度

先ほど「教育水準が高いほど民主主義を重視するようになって投票率が上がる」という因果関係について触れたが、これは選挙の透明性が高く選挙の過程が信頼に足る、すなわち選挙の公平性が高いと感じられる場合にのみ成立するのではないだろうか。選挙の公平性が低い場合、政治知識が豊富で民主主義を支持する有権者であればあるほど、不正のある選挙システムへの反発からむしろDが低下すると考えられる。教育によって政治知識が豊富になり、民主主義を重視するようになった有権者だとしても、選挙の透明性が低く不正が疑われる選挙と透明性が高い選挙では、全く異なる投票傾向を示すと考えられる。約30か国の選挙データを用いて公平性と投票率の関係性を分析したBirch(2010)は、選挙が公平だと感じている有権者ほど投票率が高いことを実証的に示している。教育水準との関係性(教育水準が高い有権者と低い有権者では公平性による影響の大きさに差異があるのかどうか)については未だ実証されていないが、公平性が有権者の投票意欲に与える影響を考慮すべきであると考えられる。

また、期日前投票やインターネット投票、不在投票の整備状況によっても教育効果は変動する可能性がある。教育水準の高い人ほど生産性が高く単位時間当たりの機会コストが高くなるため、投票コストが大きくなるという因果関係も考えられるが、投票コストを抑えるための制度が整備されていればCの上昇幅は小さくなる。Goodman & Stokes(2018)は投票制度の充実によって投票率が向上することをカナダのデータを用いて実証的に示しており、さらに、教育水準の高い有権者ほどインターネット投票などの投票制度を利用する傾向にあることがBerinsky(2005)Solvak & Vassil(2018)などといったいくつかの研究で示されている。したがって、教育がより効率的な投票手段の選択を可能にするという点に着目して、教育は投票コストを低下させると論じることができる。

政治情勢

教育によって向上した社会問題への知識・関心が特定の政策への選好を形成し、投票のインセンティブを上昇させるという因果関係を想定してみよう。ここで重要になるのはマニフェストの差異である。いかに政策の選好が形成されようとも、候補者のマニフェスト間に差異がなければ特定の候補者を当選させるメリットは小さくなり、Bすなわち(支持する候補者が当選した場合に期待される効用)―(支持しない候補者が当選した場合に期待される効用)の上昇は見込めない。自身が選好する政策を掲げている選挙区へと有権者が移動する可能性も指摘され得るが、移動のインセンティブは政策の成果が観察できた段階で発生するため、投票の段階で有権者が移動するとは考えにくい。したがって、選挙時点に住んでいる地域に関して候補者のマニフェストに差異がない場合、教育効果による政策選好の形成が投票率に寄与しなくなってしまう可能性がある。

また、候補者間の競争性も重要な条件として機能する。Riker & Ordeshook(1968)が提示したpという変数の重要な性質は、有権者の1票が客観的に算出される確率ではなく、各有権者が主観的に予測する確率だという点である(彼らは論文の中で客観的に算出される確率で計算すると現実の投票率を説明できない点を指摘している)。したがって、有権者が自分の1票によって結果が変わる可能性があると認識するかどうか、すなわち接戦だと認識するかどうかが投票のインセンティブを変動させる要因となる。教育水準との関連性については分析されていないものの、競争性と投票率の関係性は既に実証的な研究が行われている。Fraga & Hersh(2010)は投票コストが変動した際に有権者がどのように反応するかを調べ、競争性が高い選挙であるほど、有権者が投票コストの上昇を乗り越えて投票を選択する確率が高いことを示した。有権者の教育水準がpの値にどのような影響を与えるかは相反する仮説が立てられる。教育水準の高い有権者ほど選挙状況を把握してより合理的に結果を予測できるため、選挙の競争性が高ければpの値は高くなると考えられる。一方、1票が選挙結果を左右する確率の低さを理解している有権者の方がpの値は低くなるのではないかという反論も可能だ。いずれにせよ、候補者の競争性が低い場合には、そのような有権者ほど合理的な予測の結果としてpの値の低下を導いてしまうリスクが高いことは十分に考えられる。

さらに、候補者への信頼も教育効果を変動させる可能性がある。教育によって政治知識や社会への関心が高まったとしても、当選後の候補者の裏切りが想定される場合には効用が期待できないためBの上昇は見込めない。また、信頼できない候補者に対して投票による正統性を与えたくないという心理から、教育によって民主主義を重視するようになった有権者ほど投票しなくなるという負の効果を生じさせる可能性もある。一方、候補者への信頼が高い場合においては、教育による政治知識や社会への関心の高まりは特定の候補者への選好形成に寄与し、Bを上昇させる効果があると考えられる。

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4. まとめ

ここまで、投票行動に対する教育効果は様々な条件によって変動し得る点を指摘してきた。このことは、教育水準を上げるだけでは投票率の向上が期待できず、場合によっては教育を受けるほどに投票のインセンティブを失う危険性があることを意味している。教育によって投票率を上げるにはどうしたらいいのかという問題に対し、どのような教育をすべきか、教育水準を上げれば投票率は上がるのかという議論は数多く積み重ねられてきた。だがその一方で、教育が投票率に寄与するような状況、制度に対する議論は見過ごされてきたと言わざるを得ない。

教育が投票率に寄与しない、政治知識や社会への関心などを備えた有権者が投票を選択しない、そうした状況も国民の意思を表すシグナルとして捉え、選挙制度や政策といった投票される側の改革に生かすことはできないだろうか。投票は政府の主権に正統性を与えると同時に国民の意志や知恵を政治に反映させる意義も担っているが、棄権も国民の意思に基づいた選択のひとつである。有効票だけでなく棄権された票に含まれた国民の意志や考えも汲み取ることができれば、今まで以上に国民の集合知を政治に活かせるのではないだろうか。

もちろん、そのためには有権者となる国民に十分な教育が求められ…というように、投票する側と投票される側の双方に対して同時にアプローチしていかなければならない。どのような教育を行うべきかという議論を継続していくとともに、教育が国民の投票、ひいては政治参加に寄与するような制度設計の議論も併せて為される必要がある。

5. 今後の課題

今回取り上げた条件およびその条件が教育効果に与える影響は、より階層的な因果モデルの一部でしかない。ひとつには、いわゆる市民教育や社会科教育の枠組みを超えた「教育」まで十分な考察ができていないからである。日本における市民教育は主に公民などの社会科や総合の授業を通じた主権者教育によって構成されるとしているが、いくつかの研究(三浦・楠見(2014), Condon(2015))では、市民教育だけでは測定できない教育(思考プロセスや言語能力)が投票率に影響を与えるというデータが示されている。今回は主に市民教育による育成が期待される民主主義の重視や政治知識、社会への関心などを主に考察してきたが、こうした基盤的な能力の影響も考慮していく必要がある。さらに、同じ「市民教育」や「思考プロセス」、「言語能力」と言っても、国や地域によって中身が大きく変わる点にも注目しなければならない。どれだけ根本的な差異があり、国民にどのような影響を及ぼしているかは、近藤(2009)渡邉(2017)らが教育学の分野から論じている。このように、教育のあらゆる側面を包括し、全世界に共通するような指標にすることは非常に困難である。かといって、今回のように「教育」という一言でまとめるのにも問題がある。教育を多方面から切り取って研究を重ねて教育と有権者心理、行動の因果メカニズムを少しずつ解明していくことが、民主主義における教育の価値を正しく捕捉するために必要だ。

一方、従属変数として取り上げた投票率も、民主主義の中の市民を捉える指標として不十分である。選挙活動の支援や署名活動、デモへの参加などといった活動も政治に対する意志表明であり、投票率だけではこうした活動を捉えることができない。投票率が頻繁に指標として用いられる理由はデータが豊富に蓄積されているという利便性による部分が大きく、投票率だけで市民性をはかるのは市民という存在の過小評価になりかねない。民主主義の中の市民という非常に抽象的な対象を分析するためには、投票行動以外の政治行動まで指標として取り入れ、多角的に分析する必要がある。

まとめ

条件 投票率の変化 期待される教育効果
選挙の公平性が低い ― Sara(2010) Dの上昇により不正な選挙へを支持しなくなると考えられる。
選挙の公平性が高い + Sara(2010) 政治知識の向上、あるいはDのによるインセンティブの上昇が見込める。
投票制度が整備されていない ― Goodman & Stokes(2018) 機会費用としてのCが上昇し、Rは小さくなると考えられる。
投票制度が整備されている + Goodman & Stokes(2018) より効率的な投票手段を選択するようになる。Berinsky(2005), Solvak & Vassil(2018)
マニフェストの差異が小さい 0 政策選好の形成がBの上昇に寄与しないと考えられる。
マニフェストの差異が大きい + 社会への関心、政治知識が政策選好を形成し、Bを上昇させると考えられる。
候補者間の競争性が高い +?-? Fraga & Eitan Hersh(2010) 接戦であることを把握しpの値が比較的高くなると考えられる。あるいは、客観的なpの値の低さを理解しているため主観的なpの値が低くなるとも考えられる。
候補者間の競争性が低い ― Fraga &Hersh(2010) 合理的に判断してpの値が低くなる。
候補者への信頼が低い 0 政策の実現が見込めなければ当選させるメリットがないため、教育効果が機能しないと考えられる。
候補者への信頼が高い + 社会への関心、政治知識が政策選好を形成し、Bを上昇させると考えられる。
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