サルタックの教育ブログ

特定非営利活動法人サルタック公式ブログ。教育分野の第一線で活躍するサルタックの理事陣らが最先端の教育研究と最新の教育課題をご紹介。(noteへブログを移行しました。新しい記事はnoteにアップされます→https://note.mu/sarthakshiksha)

教育を通じた「格差・貧困の固定的再生産」は実際にどの程度起こっているのか:RetrospectiveからProspectiveなアプローチへ

子供の成績・学歴やその後の職業・収入は、家庭の社会経済的背景(Socio-economic Status:SES)によって強く規定されている。このような見方は、昨今、多くの人に共有されているのではないかと思います。実際、文科省が実施している全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)や、OECDが実施している生徒の学習到達度調査(PISA)でも、SESと子供の成績・学習意欲等の間に強い相関があるとの分析結果が示されています。さらに、こうした実態を踏まえて、
学術的な研究、政策文書、各種メディアなどでも格差や貧困が世代を超えて固定的に再生産されている(社会経済的に有利な環境で生まれ育った子供は将来的に同様の地位を獲得しやすく、不利な環境で生まれ育った子供は低学歴や貧困に陥りやすい傾向がある)、且つ教育がその再生産を解消するどころか維持・促進してしまっている、といった点が広く指摘されています。一見、この親世代から子世代へ教育を通じた「格差・貧困の固定的再生産」が行われていることは、私たちの間で「常識」と化しているようにも見えますが、果たしてその実態はどの程度「正確に」捕捉されているのでしょうか。

恐らく、これまでサルタックのブログを読んでいただいている方や計量分析に詳しい方は、「全国学力テストやPISAの分析は一時点のデータを用いた相関分析だから、正確に因果関係が検証されていない」といったことを思い浮かべるかもしれません。しかし、本稿の主眼はそこにはありません。むしろ、仮に精緻な因果モデルを採用して親(世代)の学歴や職業・所得等が子(世代)の教育・地位達成に与える影響を検証したとしても、ある視点が欠如することによって、世代間での格差・貧困の再生産に関する実態が不正確な形で把握されてしまう可能性があるのです。それはいったい何なのか・・・まずは、特に社会学分野で使われてきた分析枠組みをおさらいした上で、本題に入っていきたいと思います。

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1. 社会移動研究の黄金律:OEDトライアングル

以前の記事でも少し触れたように、SESと子供の教育・地位達成の関係(を中心とする社会移動の問題)は、社会学の中核的なテーマの一つで、非常に多くの研究が行われてきました。その際、分析枠組みのゴールドスタンダードとして使われ続けているのが、いわゆる「OEDトライアングル」です。OはOrigin(出身家庭の社会経済的背景)、EはEducation(子供の教育達成)、DはDestination(子供の地位達成)で、具体的な変数としては、Oは親の学歴や職業・所得水準、Eは子供の学歴やスキル、Dは子供の職業や収入などが代表的です。

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この枠組みに収まっていることに研究者自身が気づいていないこともありますが、全国学力テストやPISAの分析などは主にOE、教育の収益率分析やスキルと雇用のマッチング分析などはED、SESが子供の地位達成に直接与える影響の分析などはODの研究として位置づけられ、これらを踏まえて全体としてOEDがどのように成り立っているか、という考察が長年にわたって展開されてきました。その際、単に一時点のOEDを検証して例えば「SESと子供の学力には強い相関がある」といった点を強調するのではなく、その関係が経年でどのように変化しているのか(特に、以前の記事でも紹介したように、社会全体の教育拡大に伴ってOEDの構造がどのように変動しているのか)、そして国際比較をした場合に、各社会がどのような特徴を有しているのか(A国ではOE、ED、ODすべての結びつきが相対的に強い、B国ではOEの結びつきが弱いがEDは強い、など)、といった点が特に注目されてきました。

具体的な論文を挙げるとキリがないためここでは割愛しますが、この研究分野で世界的な第一人者が、例えばオックスフォード大学のJohn GoldthorpeやRichard Breenで、私も学内のセミナーなどで彼らから刺激を受け続けています(特にRichard Breenは私の博士論文の学内審査員で、これまで2回ほど見事なまでに私の研究の弱点を暴いてくれました・・・)。翻って、前回の畠山の記事では日本人が国際的なプレゼンスを発揮できていないことを指摘していましたが、社会移動研究の領域で国際的にも広く認知されている日本人が、東京大学社会科学研究所・石田浩教授で、彼が20年以上前に発表した論文は、今でも多くの人に引用され続けています。また、ご本人がOEDトライアングルの分野で引用されていることを意識しているか分かりませんが、方法論的な研究(例えば、OがDに対して直接与える影響とEを介して間接的に与える影響を精緻に計測するための手法に関する研究)でよく言及される日本人として、ハーバード大学・今井耕介教授が挙げられます。

少し話がそれましたが、こうした先駆者の貢献により、教育拡大に伴ってOEやODの結びつきが弱くなってきている(社会移動が活発になり、社会的な格差が縮小している)国・時代もあれば、Oの影響力が維持されている(社会的な格差が固定的に再生産されている)国・時代もあるなど、OEDトライアングルの構造や、それを形作る社会的なメカニズムが解明されてきました。しかし、冒頭で述べたように、これまで為されてきた多くの研究で十分に考慮されていなかったものの、正確に格差・貧困の固定的再生産に関する実態を捕捉する上で重要な観点が、最近の研究で指摘され始めています。

2. Retrospective(後ろ向き)からProspective(前向き)へ

そもそも、OEDの関係を分析しようとした場合、どのようなデータセットを使うことになるでしょうか。例えば、全国学力テストであれば、児童生徒の学力テストとアンケート調査の結果に加えて、保護者に対するアンケート調査の結果から、O(保護者の学歴や所得水準)とE(子供の成績等)の関係が分析されることになります。また、成人を対象とした調査で、職業や収入に関するデータを収集した場合も、その親世代の影響を検証しようとすると、調査対象となる成人に対して親の最終学歴や職業等をアンケート調査などで質問して把握するのが一般的です。さらに、親と子供の二世代を同時に(セットで)長期間に渡って追跡調査するような取り組みも最近広がっていますが、この場合は親・子供それぞれの教育達成や職業・所得などの変化に関するデータを経年で収集・使用することができます。

言うまでもなく、それぞれのデータセットを使ってできる分析の中身や信頼性にはバラつきがありますが、いずれの場合にも共通している要素があります。それは、子世代の教育・地位達成が分析上のアウトカムとしてまず存在し、それに親世代の変数を紐づけて両者の関係を分析する、というアプローチです。分かりやすさのため、ここで世代1(親世代)の学歴(大卒か非大卒か)、世代2(子世代)の所得(高所得か低所得か)の関係に着目してみましょう。以上のようなアプローチに基づいて分析をしていくと、ものすごく単純化すれば以下のように大卒の親を持つ子供は相対的に高所得になりやすく/低所得になりにくく(矢印aが強く矢印bが弱い)、非大卒の親を持つ子供は相対的に低所得に陥りやすい/高所得になりにくい(矢印dが強く矢印cが弱い)、といった絵を描くことができます。

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しかし、既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、上記のようなアプローチで親世代の学歴や地位(O)が子世代の学歴や地位(E・D)に与える影響を検証した場合、予め分析の射程から除外されてしまう層が発生することになります。それは、「子供を持たない親世代」です。ここで、もし「子供を持たない」確率が、例えば上図の場合に世代1の大卒と非大卒で差がない場合、これは(少なくとも分析上は)あまり大きな問題ではありません。しかし、仮に大卒は非大卒よりも子供を持たない確率が有意に高い(あるいは低い)場合、子供を持つ親世代だけに限定された分析をすることで、社会全体でOがE・Dに与える影響を実際よりも過大(過小)評価してしまう恐れが生じます。つまり、下図の矢印e・fを勘案すると、矢印a・d(及びb・c)の相対的な強さが大きく変動してくる可能性があるのです。

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実際、先ほどご紹介したRichard Breenらが学歴の世代間再生産に着目して行った分析によれば、とりわけ高学歴女性は低学歴女性に比べて未婚確率が高く、子供を持つ確率が低くなり、結果として社会全体で親世代の学歴が子世代の学歴に継承される(世代間で格差が固定的に再生産される)程度は、従来のアプローチ(子供を持つ親世代のみ射程に入れた分析)に基づいて指摘される程度よりも低くなる(世代1の女性の学歴による世代2への影響は、結婚・子供の有無という要素を勘案すると解消される)ことが示されています。

従来のように、子供を起点として親世代の影響を探る分析はRetrospective(後ろ向き)アプローチ(RA)、子供を持たない層も含めた親世代全体を射程に入れた分析はProspective (前向き)アプローチ(PA)などと呼ばれています。ただし、日本語で「後ろ向き」「前向き」というと、前者は後者よりも劣っているような響きもありますが、PAが絶対的に優れているという単純な話ではなく、(教育)社会学の研究でもPAが実際にどの程度重要なのか、仮に重要である場合にRAの精度を高めていくためにどのような対処法が考えられるのか、といった点は引き続き議論されています。

3. おわりに(なぜProspectiveアプローチに配慮する必要があるのか)

もしかすると、RAとPAの違いは、単に技術的な問題のように見えるかもしれません。また、少しうがった見方をすれば、PAを通じて格差・貧困の固定的再生産の状況を「正確に」捉えた場合、従来議論されているよりも親世代の影響力が小さいということであれば、「格差・貧困の再生産の問題はそんなに大したことがない!」という主張が可能なように映るかもしれません。しかし、もちろん本稿で言いたいことはそんなことではありません。むしろ、程度の差はあれ、教育・地位達成を巡って実際に不公平な再生産が生じていることを踏まえると、それを是正していくための前提として社会の実態をより正確に把握することが不可欠であり、その有効なアプローチの一つとしてPAの活用を模索すべきである、という点が本稿の一つのメッセージになります。

さらにもう一つ重要なのは、仮にRAとPAで分析結果に大きな違いがある場合、その差が具体的になぜ生じているのか併せて検証することで、OEDの構造に影響を与えている各社会の特性(課題)を明らかにすることができる、という点です。例えば、上述のように高学歴女性の未婚確率が高く子供を持つ確率が低い結果として格差の固定的再生産が弱まっているとすると、OEやODの結びつきの弱さは、弱者に優しい社会政策の結果として実現できているわけではなく、単に社会に存在するジェンダー格差や望ましくない雇用慣行などを反映しているに過ぎない可能性もあるわけです。そうなると、RAとPA双方を通じて得られる分析結果は、「格差・貧困の固定的再生産」という問題に加えて、家族形成や雇用・労働などの社会的課題を検討する際の重要なエビデンスになってきます。

なお最後に蛇足ですが、社会移動に関する最近の研究では、これまで見てきたような二世代モデル(親世代と子世代の関係)を敷衍し、三世代(祖父母/孫世代)の関係性を検証するのに加え、兄弟姉妹やいとこ、おば、おじ、・・・、などなどの影響についても分析しています。果たして、この系譜の研究がどこまで射程を広げ続けるのかわかりませんが・・・学術界の自己満足として分析精度を高めるだけでなく、こうした研究をいかに実際の政策や実務に活かしていくことができるのか。その観点を忘れずに、研究やサルタックの活動も展開していきたいと思う今日この頃です。

荒木啓史

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