サルタックの教育ブログ

特定非営利活動法人サルタック公式ブログ。教育分野の第一線で活躍するサルタックの理事陣らが最先端の教育研究と最新の教育課題をご紹介。

日英比較から考える、「小1の壁」

「海外に行ってみると、日本のことがよく分かる。」 といった意見をよく聞きますが、実際にイギリスで生活を始めた筆者も、現地の公立小学校に通う子供たちを通して、日本(の教育)について様々な再発見をする日々です。そこで、このシリーズ「日英子育て体験記」では、必ずしもアカデミックな議論ではありませんが、2児の親としての視点から、日英の教育比較を通じて得られた気づきを共有していきたいと思います。

 主な内容は、イギリスの教育事情の紹介になりますが、日英の学校をめぐる社会環境や文化についても併せて考察することで、問題となっている事象の背景にはどのような構造があるのか、或いは日本の学校文化の良さ/海外に展開しうる要素は何か、を考えていく上でのヒントにもなると考えています。

 

初回である今回は、イギリスの公立小学校への入学の際のエピソードを通して、日本における小学校入学に伴う様々なプレッシャー、特に「小1の壁」の背景を考えたいと思います。

 

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入学のエピソード~ 今日から学校?

子供と一緒に渡英することになって、やはり気になるのは学校です。

イギリスでは4歳から小学校が始まるらしいと知り、ちょうど4歳だった息子は、「日本のお友達に言ったらびっくりするんじゃない?」と得意げな様子。

よくよく調べたところ、イギリスでは、5歳の誕生日を迎えると、義務教育が始まります。満5歳で小学1年生が始まる点ではネパールと一緒ですが(サルタックネパールの記事を参照)、図1の通り、学年度が始まる9月1日時点で満4歳であれば、小学校のReceptionという「0年生」のような位置づけの準備学年に入ることができます。

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 出所:イギリス政府HP「The National Curriculum」から一部抜粋・訳

 

我が家の息子の場合は、4歳で渡英して以降、学校が始まるまでの数か月間も、小学校と同じ敷地内に併設されていた公立保育園に通っていました。9月になると、今日から「nursery」ではなく「school」に通うのだと嬉しそうな4歳児。登校初日、送っていく場所も登校時間も保育園の時とほとんど同じながら、おもちゃに混ざってアルファベット等を学ぶ仕掛けが色々と含まれている他に、特に違いを感じたのは、登校時に貼り付けるネームカードが、保育園でのマジックテープ形式から、画鋲を使う形になっていたことです。しかもこの画鋲が少し曲者で、何気なく植木鉢に入れてあるのですが、普通の植木鉢なので穴が開いているのです。つまり、中に画鋲が見当たらない時は床を探せば落ちている状態なのが気になるところですが、その危なさも含めて学んでいくんだと理解しました。それ以外にもきっとやっぱり学校になると何か変わったに違いない、と帰ってきた子供に尋ねると、「今日は、はじめに中で遊んで、それから外で遊んで、また中で遊んだ」とのことでした。

こうして楽しそうに学校生活が始まった中、一番の難関は2週間ほど午前中のみの慣らし期間を経た後、9時前~15時15分のフルタイムになった時でした。お迎えに行くと、(遊び)疲れた様子の子供たち。我が家の4歳児も、帰宅途中に歩きながら眠ってしまったほどでした。

このように、ふと気づくと(画鋲がやたら違いとして認識されるほど)極めて自然に「入学」していました。特に、上記の通り入学式のようなイベントもないので、文字通り、保育園の延長でした。そして数か月後には少しずつ、個人個人のペースでアルファベットや数字を習い始めていました。

ここでハッとしたのは、「小1の壁」はないのだろうか、ということです。「1年生」になったわけではありませんが、小学校に進むという意味では紛れもなく「入学」していて、タイミング的には日本の「小1の壁」だったはずです。日本で働いていた時には、長女の小学校入学が近づくにつれて「小1の壁」の接近を重苦しく感じていたのに、イギリスでは「入学」を意識しないくらいだったのは何故でしょうか。イギリスには「0年生」があるために「小1の壁」はないのでしょうか。

 

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日本における「小1の壁」

そもそも、「小1の壁」とは何でしょうか。

「小1の壁」という言葉は、ワーキングマザーの間では特に定着しているように思います。「小1の壁」は、平成27年版少子化社会対策白書において「保育所と比べると放課後児童クラブの開所時間が短いため、子供が小学校に入学すると、これまで勤めてきた仕事を辞めざるを得ない状況」と説明されています。ここでは放課後に子供を預ける場所の欠如のみが注目されていますが、実際には、入学式や保護者会、授業参観等々の平日のイベントへの対応の必要性や、日々の家でのサポートなどが親にとって大きな負担として立ち現れてくるようです。この3つの要因(①放課後児童クラブの不足、②イベント対応、③日々のサポート)について日英比較を試みることで、「小1の壁」の背景/構造を考えてみたいと思います。

 

要因① 放課後児童クラブの不足

日本では、上述の通り、放課後児童クラブ(いわゆる、「学童保育」)に空きがなかったり、預けられる時間が保育園よりも短くなったりすることが「小1の壁」の主な要因として認識されています。

これに対して、学童保育の拡大が進められた結果、厚生労働省が毎年行っている調査によると、放課後児童クラブの設置個所数や登録児童数は増加しており、図2の通り、18時半を超えて開所している放課後児童クラブの割合も、2017年には約55%を占めるまでになっています。ここから考えると、放課後児童クラブの拡大による対応は既にかなりの程度なされていて、むしろ18時半を超える時間でもお迎えが難しく仕事を辞めざるを得ない状況があるとしたら、そのような労働環境の方に対策の余地があるように思います。

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 出所:厚生労働省HP(2017年2012年2007年)より作成

 

一方でイギリスの状況を見てみると、多くの学校では18時までの学童保育(after-school club)が利用できます。イギリスでは学校への送り迎えが必須であるため、ワーキングマザーにとっては学童の利用が不可欠なものかと思いましたが、教育省の調査によると、2017年のイングランドでは共働き世帯のうち、after-school clubを利用しているのは約35%と決して大多数ではなく、放課後に限らず地域で子供を預ける場所が不足していると回答した世帯は30%以下でした。また同調査では、イングランドのワーキングマザーにもアンケートを行っていて、パートタイムで働く母親のうち、約半数が「もし何も制約がなかったとしても、就労時間を増やすつもりはない」と答えています。ここからは、働く母親の中には子供のお迎えに行くことがでる働き方を選択している人が一定程度いることが垣間見られます。

 

日英の上記のデータは焦点が異なるために簡単に比べることはできないものの、日本の「小1の壁」の根源には、学童のお迎えに間に合う時間に退社するのが難しい、言い換えれば、融通の利かない日本の労働環境(依然として根強い「フルタイム勤務=長時間労働」という認識や、「短時間勤務=キャリアルートからのドロップ」というイメージ)があるのではないでしょうか。(筆者も、産休・育休や時短勤務を経験し、このような硬直的な労働観にしばしば直面しました。)これは大きなテーマではありますが、教育の日英比較の範疇をやや超えるので、ここでは敢えて深追いせずに、学校教育にまつわるその他の要因②および③に注目したいと思います。

 

要因② 各種イベントへの対応

「小1の壁」の一因として見逃せないのが、小学校に入ると平日に各種イベントへの参加が求められる点です。入学式や保護者会、授業参観に加えて、PTAや通学路のパトロールなどが挙げられています。学校行事が休日にあっても、その分平日が代休となるので、働く親にとってはやっぱり対応を考える必要が出てきます。更には、入学の前から平日に入学説明会や就学時健康診断(そして数か月前からのランドセルの準備も!)が入ってきます。

 

イギリスでも、平日に対応が必要になる点は同じです。

多くの学校では、長期休暇(冬休み/Christmas holidays、春休み/Easter holidays、夏休み/Summer holidays)の他、各学期の真ん中にあるハーフターム休暇という1週間の休暇があり、加えて、教員研修のための休校日が年に数日あるため、その間、子供を預ける先を確保する必要があります。ただ、その他のイベントとしては、各学期中には先生との面談が平日の夕方に(10分間ですが)設けられている他、集会での子供たちの歌の鑑賞等を呼び掛けられることがたまにある程度です。冒頭のエピソードでも紹介した通り、入学式は特になく、卒業式も6年生が集会をしていたらしいという程度でした。Sports Dayは、平日に1時間程度をかけて50m走や走り幅跳び・砲丸投げ等の身体能力測定を行うもので、子供たちの日ごろの練習の成果を見るために朝から場所を確保してお弁当を作って・・・というような日本人としてイメージする運動会とは全く異なるものでした。このように、全校児童で臨む盛大な式典・祭典といった行事はほとんどないので、親としては(逆に物足りないと感じる人もいるかもしれませんが)コミットへのプレッシャーをほとんど感じることなく日々が過ぎていきます。

 

日英を比較すると、日本の小学校では、全校児童が日々練習を重ねた成果を発表する場、子供たちの成長を感じられる機会が(少なくともイギリスの公立小学校に比べて)充実していることが分かります。このような「ハレの場」という機会は、子供たちにとっては貴重な経験であり、それを学校という場で全ての児童が経験できる仕組みとして評価できるのではないでしょうか。このような機会を先生とともに親として支えているという側面に目を向けてみると、「小1の壁」に向かって少しポジティブになれるかもしれません。

 

なお、イギリスの学校には表1の通り、いくつかの種類があり、それぞれで状況が異なる点に留意が必要です。大別して、State School(公立学校)、Independent School(私立学校)、Home Schooling(ホームスクーリング)があり、公立学校の中でも入学要件やカリキュラム等に基づきさらに複数の種類に分類されます。筆者の子供は、ナショナル・カリキュラムに従っていて地方政府によって運営されているcommunity schoolに通っていますが、2017年の統計をみると、イングランドにおける小中学校のうち公立校が約9割であり、公立小学校に通う約470万人のうち約半数がcommunity schoolに在籍しています。

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 注1:「ナショナル・カリキュラム」は学校で教えるべき教科内容や達成目標を示したもの。

 注2: 2015年には、おおよそ1000人に4人の割合でHome Schooling が選択されている

 出所:イギリス政府HP「Types of school」から一部抜粋・訳

 

要因③ 子供に対する日々の家庭でのサポート

「小1の壁」を構成する日々の負担となっているのが、毎日の登校に関する家庭でのサポートです。日本では一般的に、小学生は自分の教科書、ノート、筆記用具等々を時間割に合わせて学校に持って行かなければなりません。もちろん日本にも地域差や学校差がありますが、多くの場合、連絡帳を確認して、持ち物を揃えて宿題を終わらせて・・・といったことが日々求められ、特に入学後間もない頃はこの慣れない日課のサポートが必要であり、これが保育園とは違う小学校の大変さとしてしばしば語られます。更に、子供にとっても小学校入学に伴う環境変化は大きく、新しい環境に適応するために細やかなケアが必要な場合もあることが想定されます。

 

一方で、イギリスの多くの公立小学校では教科書、ノート等を毎日家に持ち運ぶ必要はなく、筆記用具等は学校にあるものを共用で使います。少なくとも子供たちが通う公立のcommunity schoolでは、日常的に家に持ち帰ってくる教材はほとんどない状態です。(同じ学校に通う長女が2年生の時に使っていたノートは3年生になってからまとめて戻ってきました。)このため、何を学校で学んでいるのかがよく分からないという点はあり良くも悪くもありますが、日々の登校準備に細やかなケアが求められることは、基本的にほとんどありません。特に「0年生」の段階では、持ち物といえば、毎日読むこととされている絵本(場合によっては念のための着替え、給食を選択しない人はお弁当)だけという状況です。時折、イベント(調理など)のための集金がありますが、それも朝子供を送っていった際に説明されて支払うのでシンプルです。

 

勿論、日本の学校差・地域差に加えて、前述のようなイギリスの学校の多様性に留意する必要があるものの、概して、日本の学校は子供に対する(比較的)きめ細かな対応から成り立っていることがうかがえます。各教科のノートや筆記用具も場合によっては買いそろえる際から、学校からの留意事項に気を配ることが求められます。逆に考えると、学校も子供たちの状況についてこの細やかなレベルで把握/指導しているということです。つまり、日本の小学校では日々の気配りがハイレベルな状況といえるのではないでしょうか。保護者側も学校側も、この気配りレベルが当然/普遍的なものではないと意識することで、もう少し肩の力を抜いて対応することができるかもしれません。

 

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終わりに~ それぞれの「壁」をどう捉えるか

このように、「小1の壁」を日本で構成している要素は、イギリスにはあまり存在していないことが分かります。

すなわちイギリスでは、日本との比較の上では、①放課後に子供を預ける場の不十分さが退職の原因として問題化していないことに加えて、②入学式等のイベントへの対応や③日々の家庭でのサポートが、親にとっての大きな負担として問題化していない状況があるようです。このため、日本のような「小1の壁」が構成されていないと考えられます。

従って、「0年生」という準備学年を設けているイギリスの学校制度の在り方が小学校への入学に伴うギャップを緩和している可能性はあるものの、だからといって、日本でも就学年齢を早めればいい、という話ではないことが分かります。「小1の壁」の背後にある社会環境・学校文化の違いを傍らに置いて、日本の就学年齢を早めたとしても、現状の小学校文化の中では、子供が一人でできないことが増え、より細やかなケアが必要になり、もっと「壁」が厚くなる、という逆効果になりかねないと想像することは難しくありません。

 

子供の通うcommunity schoolで会ったムスリムの家庭の母親は、「毎日放課後には、コーランの勉強のためにモスクに子供を連れて行くので忙しい」と話していました。ムスリムの家庭では、コーランの勉強との両立が、「小1の壁」になっているのかもしれません。また、イギリスでは寮生活が前提のBoarding Schoolも全国に約500校存在していて、この場合は「小1の壁」は子供の独り立ち(あるいは親の子離れ)というような形をとるかもしれません。

このように見てくると、「小1の壁」が問題として切り出される背景にある環境が透けて見えてきます。日本の「小1の壁」も、日本の社会状況や学校文化がにじみ出たものとして相対化することで、対峙する際の閉塞感が少しでも和らげばいいなと思います。

 

(荒木真衣)

 

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