サルタックの教育ブログ

特定非営利活動法人サルタック公式ブログ。教育分野の第一線で活躍するサルタックの理事陣らが最先端の教育研究と最新の教育課題をご紹介。(noteへブログを移行しました。新しい記事はnoteにアップされます→https://note.mu/sarthakshiksha)

ある教育施策の効果は人によって全然違う?―教育効果の異質性とMixed Methodの話 (超エリート寄宿学校を事例に)

こんにちは、畠山です。師走ですがみなさんお元気ですか?私は試験ウィーク真っただ中なので、あまり元気ではありません苦笑。

前回前々回と、ある政策・介入効果を検証するために、実験的にないしは疑似的にランダムに人々を、それを受けられる群と受けられない群に割り振る手法を紹介しました。このようにして生み出された頑強なエビデンスを活用していけば、より良い教育政策が実現されるでしょうか?私はそれだけでは不十分だと考えています。今回は、これを説明するために、教育効果の異質性と質的調査も加味したMixed Methodの話を、米国の超エリート寄宿学校を事例にしていこうと思います。

そもそもより良い教育政策とは何か?

普段何気なく「より良い教育政策」という単語を使用していますが、具体的により良い教育政策とは何でしょうか?費用対効果が高いとか、費用便益が高いというのは重要な要素だと思いますが、それだけではやはり不十分でしょう。なぜなら、それだけでは「格差」に対する注意が不十分だからです。より良い教育政策とは、効果があるだけではなく、格差を縮小させるものだと考えます。これを国際教育協力の文脈に落とし込むと、貧困削減と所得・ジェンダーなどの様々な格差を縮小させるものだと言えます。それはあなたの独りよがりな考えではないの?、と思われる方もいるかもしれませんが、例えば世界銀行が掲げるPoverty and Shared Prosperityが正にこの2点を重視しているように、比較的広く認識されているものだと考えます。

ここで鍵になってくるのは、後者、すなわち、ある教育政策が様々な格差を縮小させるか否かです。これを実現させるためには大きく分けて二つの方法があります。一つは不利な立場にある子供達にターゲットを絞った教育政策を打つことです。例えば、貧困層向けの奨学金や、女子向けの条件付き現金給付、言語・人種的マイノリティに対するアファーマティブアクション、などがこれに該当するでしょう(私の専門分野ではありませんが、社会学ではこのRace、Class、and Genderという3つの格差が重視されるようです)。もう一つの方法は、ある教育政策が効果の異質性を持ち、格差を縮小させる働きを持たない時に、これを改善していく方法です。これについて章を改めて解説していきましょう。

教育効果の異質性とは何か?

先の本題に移る前に、「教育効果の異質性」とは何ぞや?、という方も多いでしょうから、説明をしようと思います。

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ある教育政策の効果は、当然ですが人によってバラツキがあります。物凄く効く子供もいれば、あまり効かない子供もいることでしょう。上の図1はそれを示しています。これはある教育政策をランダムに実施した結果、どれだけ子供の教育成果が向上したかを示してみたもので(X軸上に存在する子供は、ランダムに割り振られた結果、その教育政策を受けなかった子供の得点上昇分と差が無いということになります)、青点はそれぞれ特定の子供達を示しています。図の上の方の子供達はこの教育政策によってより学力が向上していますが、下の方の子供達に限って言うとそこまででもありません。

多くのことを単純化して言うと、各子供が上昇した点数からこの平均効果量を引いてやって、それを足し合わせたもの(1)を、(1)の平方根を取ったものを対象となった子供の人数の平方根で割ったもの(2)で割ってみて{(1)/(2))}、その値が2よりも大きければ、効果があったという感じになりますが、この部分は本題ではないのでこの程度にしておきます。

しかし、この子供の点数の上昇度合いのバラツキが大きいことは、効果の異質性とは異なります。効果の異質性とは、子供の属性によって構造的に点数の上昇度合いが異なるということを指します。ちょっとこれだけでは何を言っているのか分かりづらいと思うので、再び先ほどの図を出してみましょう。

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図1では子供の属性を示していませんでしたが、図2では子供の性別を示すことにします。図2が示すように、この教育政策は男子の学力を大きく向上させていますが、赤線の女子の学力向上度合いの平均が示すように、女子にはそこまで効いていないようです。先ほどの平均効果量云々の所で言及したような操作をしてみて、ジェンダーによる効果の異質性の大きさがどうやら0ではないようだぞとなった時、この教育政策はジェンダーに基づく効果の異質性が存在していると言います。このような教育政策は、確かに平均で見ると子供の学習成果を向上させているのですが、男女間格差を広げてしまっています。女性の方が不利な立場にある社会では、このような教育政策は、効果はあっても格差を拡大させてしまっているため、良い教育政策とは言い切れないものになります。

では、この教育政策が女子に対して効果量がそこまででもない理由を明らかにして、それに取り組むことでこの教育政策を改善し、効果もあるし格差も縮小させるものへと改善させましょう。ここで勘の良い人なら気が付くかもしれませんが、効果に異質性があるというエビデンスはあるものの、なぜ効果に異質性が存在するのか?、に関して上の図ではエビデンスを示せていません。もちろん、物凄く良くデザインされた調査であれば、色々なデータを取って効果の異質性の一因を見つけ出すことが出来ます。例えば、子供にオンラインの学習教材を与えたのに高学力層の子供にしか効果が無かった場合、ログイン時間も測定していれば、低学力層の子供は全くこの教材を使っていなかったことが特定でき、効果の異質性の一因を突き止めることが出来ます。また、Theory of Changeを活用することで原因を特定できることもあります(この点は、代表の荒木の記事で詳しく解説されているのでぜひご参照ください)。

しかし、ここまで上手く調査をデザインできるのは稀です。例えば、RCTの回で紹介したオンライン教育の効果も、ヒスパニック系の学生の間で特に効果がありましたが、これがなぜなのかはあくまでも推測の域を出ませんでした。これを乗り越えるために活用できるのが、計量調査と質的調査を組み合わせたMixed Methodと呼ばれる調査です。今回はMixed Methodにおける質的調査の重要性を理解するために、米国の超エリート寄宿学校のエスノグラフィーを事例にこれを解説していこうと思います。

寄宿学校のエスノグラフィー、なぜ同じ学校の教育効果は社会階層・性別・人種によって異なるのか?

今学期は質的調査法の授業を取っていたのですが、視野を広げるためにエリート教育を見るのはどうだと提案されて、エリート寄宿学校について研究していました。この分野にはいくつも面白いエスノグラフィーがあるのですが、今回はThe best of the bestという米国でもトップのボーディングスクールで、ハーバードのPhDの学生が2年間調査をした本を紹介しようと思います(このハーバードの学生というのが肝で、子供達は皆アイビーリーグを目指しているので協力を得やすかったようです。ミシガン州立大学の私が行っても、どこの大学だよと言われて、こんなにも上手く調査は出来なかったであろうことが予想されます、苦笑)。この本は、なぜ同じエリート寄宿学校に通っている生徒といえども、その教育効果が生徒のバックグラウンドによって異なるのか、教育効果の異質性が形成されていく過程を明らかにしています。

まず、この学校が凄いのは、勉強が出来る・勤勉であることが生徒間でも評価される点です。このため、スクール内カーストの頂点に君臨するのは、一番勉強が出来て勤勉な生徒になります。さらにこの学校が凄いのは、有り余る資源を活用して様々な活動を提供しているため、活動毎にカーストが成立していて、勉強カーストという最大にして最高のカーストで一番になれなくても、全ての生徒が自分が一番になれるカースト(スポーツや、芸術など)を見つけ出せるという点です。しかし、この様々なカーストの間にもカーストが存在している点が重要で、勉強カーストを頂点として、その下にスポーツと芸術が順不同に存在しています。そして、この学校のど真ん中に存在する川が校舎を2分し、さらに二分された片側のど真ん中を林が貫くことで、この学校は地形的に三分割されています。そして、それぞれの地形にそれぞれのカーストの生徒が集まることで、カーストが地形的に、さらに寄宿舎ごとに分断されているという特徴を持ちます。こういったことが影響して、生徒の出身階層・ジェンダー・人種によって教育効果の異質性が生まれてくるというわけです。

まず、ジェンダーから紹介します。一番大きなポイントは、男子は勉強が出来るというカーストに属しつつ、他のカーストに属することができるのに、女子はそうではないという点です。例えば、頭が良くてイケメンという両立は可能ですが、才色兼備はあり得ないということになります。頭が良いということは、自分の発言で授業をコントロールできるということと同義になるのですが、女子が授業をコントロールすると、あの娘は過剰に攻撃的(要は生意気)だとされて可愛くない奴だされてしまいます。また、授業選択の幅も広いわけですが、ラテン語のように勉強カーストのトップに位置するような科目を女子が取ると可愛くないとされます。他にも寮が男女別に分かれているので、そこでの経験なども影響してきます。このように、寄宿学校の中の様々な仕組みが影響して、同じ学校に通っているのに、女子の方が教育効果が低いという効果の異質性が発生するようです。こういった話は「女子教育は世界を救う」という私の連載の中でも色々と触れているので、興味のある方はぜひ参照してみてください。

次に人種の部分を紹介します。人種による教育効果の異質性は入試から始まります、なぜなら白人の子供は優秀だから合格したと思い込むようですが、有色人種の子供は優秀だからではなく多様性のために合格したと思い込んでしまうからです。これによって、白人の子供は勉強に邁進する一方で、有色人種の子供はカリキュラムに多様性をもたらす役割を引き受けることになります。また、有色人種の子供は白人の文化に自分を合わせていくという、白人の子供にはない重荷も背負うことになります。そして、寮生活の中でも少数派である有色人種の子供は白人の子供にとってペットのような存在になったりすることも精神的な負担になります。以下同文ですが、こういった学校内の様々な仕組みを通じて人種に基づく効果の異質性が出来上がっていきます。

最後に出身階級です。これも人種とほぼ近い役割なので、優秀さと多様性や、文化の違いがカギになります。学校の中でも持っている物や着ている服の違いなどでこれを嫌というほど痛感させられるようです。これらはブルーカラーワーカーが、ホワイトカラーの職場に入った時に感じる痛みとほぼ同じ類のようです。

この出身階層の部分は読んでいて、私の東京大学での生活がそれだったなという感想を持ちました。今はどうなのか知りませんが私が入学した時は、東京大学の学生の出身家庭の平均世帯収入は全大学で唯一1000万円を超えていてトップでした。中高一貫校出身者・関東圏出身者・浪人経験者も確かそれぞれマジョリティになっていて、同じ年に3人しか東大に進学しなかった地方の公立高校出身で、センター試験の前の週までバイトをして学費を稼いでいた私にとっては、なかなかの異文化でした。4月末頃のドイツ語会話の授業で、先生に親の仕事を質問されて、ガソリンスタンドで働いていると答えたらクラスがざわついて、授業が終わってから先生が来て謝罪するということがありました。まだ大学が始まったばかりなので、なぜクラスがざわついたのか、なぜ先生が謝罪してきたのか、それらの意味が分かりませんでしたが、その意味が分かった頃には既にクラスメイトと衝突して大学に行かなくなり、あまりにも雀荘の常連になり、行くといらっしゃい、ではなく、お帰り、と言われる程でした。生活も荒みすぎて体を壊し、必修の英語も不可ったし、同クラの人にはダメ人間と呼ばれていたので、今でもインターンの学生にどんな学生時代の過ごし方をしたんですかと問われると、なかなか答え辛い所があります苦笑。なので、この出身階層によってエリート教育に効果の異質性がある部分の記述は、一番良く分かりました。

最後はやや話が脱線しましたが、ある教育政策に効果の異質性が存在する場合、このアメリカの超エリート寄宿学校を分析した本と同程度にその異質性が発生するメカニズムを統計データだけで検知するのは至難の業です(もちろん、私が質問紙を作成するのが下手なだけで、質問紙作成の天才の手にかかればそんなこともないのかもしれませんが)。

質的分析だけでより良い教育政策は生み出せるか?

公平性のために述べておくと、先ほど紹介した本は、エリート寄宿学校に在籍する生徒がどのようにしてその特権が与えられたことを正当化し、その特権を内面化していくのか、という問いに迫っていったものなので、エスノグラフィーとしてそれ単体として立っていますし、教育政策の観点からあれこれ論じるのはフェアではありません。ですが、あくまでも例として、なぜこのような教育効果の異質性が発生するメカニズムを描ききった質的データだけではより良い教育政策を目指すには不十分なのか、説明したいと思います。

第一に、この例がどれだけ代表的なのか分からないという問題があります。ひょっとしたら寄宿学校全てで広く見られる現象なのかもしれませんが、この学校のこの特定の2年間の調査対象となった生徒の間だけで発生した現象である可能性も捨てきれません。やはりこの教育効果の異質性が普遍的なのかどうかを確かめるためには、統計分析で使われるようなある程度の規模がある代表的なサンプルを使用する必要があります。

第二に、この効果の異質性がどの程度のものなのか分からないという問題があります。ひょっとしたらかなり効果が大きく、学歴や生涯年収に大きな影響を及ぼしている可能性もあります。しかし、同様に、確かにマイノリティの学生にとってエリート寄宿学校での経験は苦いものであったかもしれませんが、学歴や生涯年収に影響を及ぼすほどのものではなかった可能性も捨てきれません。前者である場合、格差是正という観点からも、教育効果の改善という観点からも、費用を投じて問題を解決するインセンティブがあります。しかし、後者である場合、もちろん子供の人権という点から見て解決のために全力で当たる必要がありますが、限られたリソースを使うとなった場合、この問題の解決は最底辺の公立学校で学ぶマイノリティの子供の支援よりも優先されるべきものなのかと問われると、少し難しい問題になってきます。この点を考えると、効果の異質性がどの程度負の影響を及ぼしていて、それを解決するためにどれぐらいコストがかかるのかというのは、RCTを使って正確な値を把握するところまではいかなくても、何らかの因果推論を使って政策効果の考えられる下限の値は知っておきたい所です。

また、紹介した本には全く当てはまりませんが、質的調査の妥当性の問題は国際教育協力分野では大きな課題となっています。今回紹介した本は、2年間に及ぶフィールドワークに加えて、インタビューやフォーカスグループディスカッションのような手法を用いています。一つの手法だけだと不確かでも、3つの手法を組み合わせてそれぞれが同じ方向を向いた答えを出したら妥当性は高いだろう、というのがトライアンギュレーションの考え方ですが、この研究はちゃんと「手法の」トライアンギュレーションをかけて妥当性を高めています。また、「手法の」と付けたように、トライアンギュレーションは手法に留まることなく、理論やデータソース(生徒・教員・保護者のような学校内でのトライアンギュレーションや、教員・保護者・教育関係の役人のような異なる立場にある利害関係者間でのトライアンギュレーションなど、様々なかけ方があります)にまで及びますが、この研究はこの点にも取り組んでいます。

国際教育協力に目を移してみると、残念なことにトライアンギュレーションが全くかかっていない、とりあえず途上国の村に行って村人の話を聞いてきました的なものや、村の学校に行って話を聞いてきました的なものが余りにも多過ぎるのが現状です。また、エスノグラフィーを見ても、何かしらの政策提言に結びつける教育政策もどきも見られます。しかし、エスノグラフィーを教育政策に結びつけるのであればStudy-upに取り組み、その特定の現象の背後に存在するマクロ的なものも明らかにして欲しいですが、そこまで行けているような研究はほとんど存在しないのが現状です。(Study-upを事例を用いて簡単に説明すると、新たに導入された教員政策がどのような意味を持つのかを分析するために、ある学校でエスノグラフィーをするとします。そこで明らかになったことをさらに理解するために、その県・州の教育局の中でその教員政策がどのように扱われているのか、中央の教育省ではどうか、またその実施を支援した国際機関や二国間援助機関ではどうか、つまり政策の上流部分までエスノグラフィーで追うことを指します。一般的に、貧困層の住民などがエスノグラフィーの対象になることが多いですが、中央の役人や国連職員のような、いわばエリート、がエスノグラフィーの対象になることは殆ど無いという、力の非対称問題も存在しています。また国連の現場に戻ることがあったら、有休をとって村でエスノグラフィー・日々の業務でエリートのエスノグラフィーなんかをやってみたいなとも思いますね)

このように、因果推論を用いて計量分析だけでより良い教育政策を実現しきるのが難しいように、質的分析だけでより良い教育政策を実現するのは不可能だと考えます。両方の手法の強みを活かしていくことが重要なのでしょう。

最後に

今回は、より良い教育政策を実現するために、なぜ質的分析も必要なのか、を教育効果の異質性に着目してお話しました。このように、因果推論に基づく計量分析と、トライアンギュレーションがしっかりかかった質的分析を組み合わせることをMixed Methodと呼びます。今回紹介したのはあくまでも事例で、もう少し理論的な所を解説する記事を、現在インターンに来ている学生さんが執筆して、フィードバックを与える、というのを繰り返している所で、近日公開されるはずなのでぜひ楽しみにしていて下さい。

また長々とした記事になってしまったので手短に締めたいと思いますが、アカデミアの世界に足を突っ込んでみると、特定の手法(質vs量)や、特定の分野(経済学vs社会学)に拘泥している方々を見ます。これと対照的に、より良い教育政策を実現するために使えるものは何でも使う、というのが教育政策の博士課程の良い所だと思うので、私もそうなれるように頑張っていこうと思います。

特に、私の指導教員は、学部・修士と経済学で、博士号もスタンフォードで教育経済学という方なのですが、この夏に質的データ分析の集中講義に出るように私を含めた同級生三人に強く勧めて、先生は経済学で質的データの分析なんてしないし、私も教育経済学の副専攻に行くのに、なんて理不尽な事を言うんだと思ったら、その集中講義の一番前の席で一番熱心に話を聞いていたのがあろうことかその指導教員だったので、私も見習って厳しい環境にある子供達により良い教育政策を届けるために、くだらないことに拘泥せず、使えるものは何でも使う柔軟な姿勢を保ち続けようと思います。

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