サルタックの教育ブログ

特定非営利活動法人サルタック公式ブログ。教育分野の第一線で活躍するサルタックの理事陣らが最先端の教育研究と最新の教育課題をご紹介。

遺伝か環境か?ゲノム科学と社会科学の融合(Sociogenomics)が教育界にもたらすイノベーション

人の能力を決めるのは、遺伝か環境か。より正確には、人の能力はどの程度が遺伝によって、どの程度が環境によって説明可能なのか。これは、古くから議論されてきたテーマですが、昨今の遺伝学、ゲノム科学の進展により、新たな知見が続々と明らかにされてきています。私が専攻する社会学分野でも、従来のように社会調査を通じて得られるデータに加えて、遺伝子に関するデータを使い、遺伝や環境が人々の特性・行動に与える影響を複合的に検証する試み(sociogenomics)が進められています(例えば、オックスフォード大学では社会学者がSociogenomeという大規模プロジェクトを進行中です)。
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(出所)SociogenomeのHP

こうした動きの中で、教育に関わる研究対象として特に注目されているのが、「能力」そのものだけでなく、「教育達成(Educational Attainment)」です。一見、両者は同じもののようですが、「能力」は通常、テストの点数や成績、IQなどで測られるのに対して、「教育達成」は学歴や教育を受けた年数(教育年数)で測られます。また、「能力」の中でも、社交性や忍耐力などのいわゆる「非認知能力」は、しばしば心理テスト、過去の行動、親や自分による主観的評価などで測られます。一般的には、高い能力を持っている人が、高い学歴や長い教育年数を獲得する傾向があるため、どちらに注目しても変わらないと感じるかもしれませんが、この二つの違いは意外と重要です。

というのも、「一般的には」と書いたとおり、仮に高い能力を持っていたとしても、諸環境(家庭の経済状況や居住地域の教育環境など)の影響で、必ずしも高い教育達成を実現するとは限らないからです。逆に、定量化された能力がそこまで高くなくとも、環境に恵まれれば教育達成は高くなるかもしれません。その意味で、「人の能力を決めるのは、遺伝か環境か」よりも「人の教育達成を決めるのは、遺伝か環境か」という問いの方が、勘案すべき環境の射程が広く、少し複雑になってきます。
さらに、教育を受けた後のライフステージに目を向けて見ると、希望する職業や収入などを手に入れる上で、能力自体も大事ですが、現代社会において依然として学歴や教育年数が大きな影響力を有していることは周知のとおりです。例えば、とある職業に就きたいと思った場合、一定以上の学歴がないとそもそも応募すらできない、といった状況を思い浮かべれば分かりやすいかと思います(ちなみに、このように何らかのステータスを獲得する上で社会的に構築された条件・制約を社会学の用語でSocial Closureといいます)。そのため、教育達成が遺伝と環境それぞれからどのような影響を受けているか明らかにすることは、その後の社会生活を考える上でも重要になってきます。

そこで今回は、能力自体の重要性を意識しつつも、特に「人の教育達成はどの程度が遺伝によって、どの程度が環境によって説明可能なのか」というテーマに焦点を当てて筆を執りたいと思います。

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1.双生児研究からの示唆

遺伝か環境か、という問いに答えるための代表的なアプローチの一つが、双生児研究です。私の子供にこの単語を聞かせてみたところ、期待通り「ソーセージのこと勉強するんでしょ?」と反応してくれましたが、もちろん違います。これは文字通り双子を対象として、人の特性(健康や能力、志向性など)に対する①遺伝の影響、②共有環境(家庭環境)の影響、③非共有環境(その他の諸環境)の影響、を明らかにしていく手法です(手法の概要と、関連する研究内容について、例えば慶應義塾大学教授・安藤寿康氏の記事で分かりやすく紹介されています)。

これらの研究の結果、「教育達成に関する個人差のうち〇%が遺伝、△%が環境によって説明できる」と結論づけられるかというと、残念ながらそんなに簡単な話ではありません。先述のとおり、このテーマに迫った研究は様々ありますが、遺伝と環境の影響の大きさについては、個別の研究によって分析結果が大きく異なっています。それでも、複数の類似研究を総合的に検証する「メタ分析」を行った研究では、平均的に見ると遺伝による影響は約40%、共有環境による影響は約36%、その他の要因による影響が約25%、との分析結果が示されています(詳細は割愛しますが、各要因の寄与率に関する計算方法の都合上、必ずしも合計100%になりません)。

これを見て、「遺伝の影響力は大きい」「いや、やはり環境の方が重要」など、感じ方は人それぞれかと思いますが、少なくとも次の点に留意して当該結果を解釈する必要があります。第一に、上述のとおり「平均的に見ると」遺伝の説明力は40%程度ですが、メタ分析の対象となっている一つ一つの研究結果を見ると、「遺伝の影響がほぼゼロで共有環境が約70%、非共有環境が約40%」というものもあれば、「遺伝の影響が約75~80%で共有環境がほぼゼロ、非共有環境が約30%」というものもあります。こうしたバラつきが生じる背景の一つとして、例えば同じタイプの遺伝子であっても、それを取り巻く環境によってその働きが変わることが挙げられ、国や人種、性別、コーホート(世代)などによって、遺伝の影響力は大きく変動することが明らかにされています。そのため、「平均的に見ると遺伝の説明力は約40%」という結果をもって、「人の教育達成の40%は遺伝によって決まってしまう」と結論づけるのは正しくありません。

また、留意すべき第二の点として、「遺伝の影響」と大括りに語る一方で、そもそも具体的にどのような遺伝的多様性が教育達成に対して直接的・間接的に影響を与えているのか、という点が上述のようなアプローチでは必ずしも明らかになりません。そのため、一つのアカデミックな知見として、または雑談のネタとして遺伝の影響を扱うことはできますが、例えばどのような遺伝子がどのような環境下でどのような教育達成に対してどのような影響を与えるのか、といった問いについては十分踏み込めず、結果的に教育施策や実践に対して有効なフィードバックをすることが難しいのが実態です。

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2.ゲノムワイド関連解析(GWAS)からの示唆

以上のような状況の中で、昨今盛んになってきているのが、ゲノムワイド関連解析(Genome-Wide Association Studies: GWAS)です。これは、私たち一人ひとりが持っている全ゲノム情報のうち1000万以上あるとされる一塩基多型(single-nucleotide polymorphism: SNP)という要素に着目し、どのSNPが個人のどのような特性と結びついているかを検証するものです。従来、こうしたゲノムデータはなかなか手に入らない代物でしたが、科学の発展と社会的な制度整備が進んだ結果、SNPと教育達成との関係に関する研究も、このところ急速に進展しています。

この結果、例えば当該分野の草分け的研究では、3つのSNPが教育達成(教育年数)と直接関わっていることが示され、後継の研究では74のSNPが、さらにごく最近の研究では1271のSNPが教育達成に結びつく要素として同定されています。また、これら1271のSNPによって、個人間で見られる教育達成の差の約11~13%が説明されるとの分析結果が出されています(ちなみに、認知能力の差に関しては約7~10%の説明力)。この数値を見て、双生児研究では遺伝による影響が40%程度だったのに、なぜここでは10%強に過ぎないのか、と疑問を持たれたかもしれません。それもそのはず、GWASを通じた教育達成の検証は緒に就いたばかりで、どのSNPが教育達成と関連しているか、という点については未だ十分に明らかになっていないのです。つまり、これまで明らかにされた1271のSNP以外にも教育達成に影響を与えているSNPは存在していると考えられ、今後研究が進展してそれらが同定されてくると、遺伝による説明力(としてGWASに基づき提示される数値)も高くなることが予想されます。

ここで、改めて留意したいのが、SNPによる影響は、当該遺伝情報を有する人が等しく受けるわけではなく、取り巻く環境等によって変動し得るという点です。実際、上述の研究でも、約11~13%という説明力はヨーロッパ系の人たちについてのみ見られる結果であり、例えばアフリカ系アメリカ人に着目すると、その説明力が非常に小さくなることが指摘されています。この理由については、人種等によって教育達成と結びつくSNPが異なっている可能性(アフリカ系アメリカ人は、ヨーロッパ系の人とは違うSNPが大きな影響力を有している)や、異なる人種間で教育達成と関連のあるSNPに違いはないものの、社会環境(遺伝子が発現するための条件)が大きく異なるため、結果的に遺伝の寄与度が小さくなる可能性などが考えられます。

また、少し技術的な観点から考えなければいけないのは、親子間の継承です。というのも、仮に親子間でSNPが継承され類似している場合、子供のSNPと教育達成との関係を分析しているつもりでも、実際には親のSNPの影響を分析している可能性があり、且つ仮に親の当該SNPが遺伝的な影響だけでなく、子供の教育達成に有利な環境づくり(充実した家庭教育、質の高い学校選び、塾や家庭教師などの学校外学習など)にも影響を与えている場合、遺伝による影響を過大に解釈してしまう恐れがあるからです。

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3.世代間分析(Multigenerational Analysis)からの示唆

ここで、最近のsociogenomics(及び関連領域)で展開されているのが、親の遺伝情報、子供の遺伝情報、親の教育達成、子供の教育達成をすべて勘案した分析です。具体的には、親と子供の間で遺伝情報がどの程度継承され、それらが子供の教育達成に対して直接的に、また諸環境を介して間接的にどのような影響を与えているかを検証することになります。そのための重要なツールが、ポリジェニック・スコア(polygenic score: PGS)です。これは、GWASを通じて明らかになった「教育達成に影響を与える遺伝情報」をどの程度持っているか数値化したもので、このスコアが高いほど、高い教育達成を獲得しやすいことが一般的に想起されます。

例えば、社会学分野で国際的に最も権威のあるジャーナルの一つであるAmerican Sociological Reviewに今年掲載された論文では、以下のようなモデルに基づいて分析を行い、子供のPGSと教育達成の関係(子供の教育達成の個人差に関するPGSの説明力)のうち、約1/3は親のPGSと教育達成に起因しており、また親の遺伝型が子供の教育達成に与える影響の約半分は生物学的に、残りの半分は社会的に(他の環境要因等を介して)もたらされている、といった知見を提示しています。

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(出所)Liu (2018)より抜粋・訳

さらに、この研究で面白いのは、親子間の二世代にとどまらず、祖父母世代のPGS及び教育達成も含めた三世代分析をしているところです。その結果、祖父母世代のPGSは孫世代の教育達成に対して(他の諸要因を勘案すると)統計的に有意な影響を直接与えないこと、他方で遺伝と教育達成の結びつきは若い世代ほど強まってくること、この背景として、若い世代ほど教育機会が拡大しているため遺伝子が発現しやすい可能性があること、などが示されています。また例によって、この分析結果は特定のデータセットに基づくものであり、対象者の属性やサンプルサイズが変わることで、最終的な知見も異なり得ることが指摘されています。

これらから導かれる示唆は多岐に渡りますが、一つ大事な点は、これまでも繰り返してきた通り遺伝による影響は決して決定論的なものではなく、他の環境によって大きく異なるということです。つまり、何らかの研究により「遺伝による影響が〇%、環境による影響が△%」という結果が出た場合でも、「△%(環境による影響)」の方だけでなく「〇%(遺伝による影響)」についても、社会的な環境整備(施策・実践)によって変動させることが可能と考えられるのです。

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4.おわりに(前向きな遺伝×環境論を教育界に!)

本稿の主なターゲットは「教育達成」でしたが、sociogenomicsではさらに、教育を受けた後の社会経済的な地位達成(収入や職業)まで射程を広げた研究も展開されています。その結果、教育達成に影響を与えるSNPは、(教育達成を媒介した効果を取り除いても)社会経済的な地位達成に直接影響を与えることが示されています。これだけ見ると、何だか遺伝決定論のような知見に映りますが、当該研究では同時に、遺伝が成人後の職業や収入などに与える影響のうち、約50%は認知スキル・非認知スキルを介しているとの分析結果も紹介しています。この認知・非認知スキルは、やはりSNPと結びついていると考えられるため、「もう人生の成功は遺伝次第!」と言いたくなってしまうかもしれませんが(実際、そういうメッセージを発している専門家もいますが・・・)、ここでもやはり忘れてはいけないのが、認知・非認知スキルの形成も(それに対する遺伝の影響力も含めて)社会的な環境によって良くも悪くも大きく変動し得るということです。

その意味で、まだ十分に研究が蓄積されていませんが、先述のように「どのような遺伝子が、どのような環境下で、どのような人のどのような特性に対して、どのように・どの程度影響を与えるのか」という点が明らかになると、「自分はこの遺伝子を持っていて、このような環境で生活しているから、これくらいの教育達成・職業・収入が見込まれる」ではなく、個人が有している遺伝情報と環境を踏まえつつ、仮に不利な「生まれ」であったとしても、個人のポテンシャルを最大限に生かすための施策・実践を展開する、といった社会的な動きにつなげることが可能になります。これは、当該個人にとってのみならず、社会全体にとってもメリットが大きいため、公的に投資する価値があるアプローチともいえるでしょう。(他方で、先述の安藤氏も指摘しているように、そもそも「望ましい」と考えられる能力や教育達成、社会経済的な地位達成の基準自体が社会的に構築されたものであることを考えれば、社会における評価軸自体を変えていく、というのも面白いアプローチかもしれません・・・)

いずれにせよ、ゲノム科学と社会科学の融合により、これまで当為論や特定の社会科学的な「エビデンス」に依拠して展開されてきた議論が、今後大いに進展することが期待されます。また技術的な観点から、遺伝情報の活用が進んでいくと、社会科学的アプローチの精度を高め、コストを引き下げることができる(例えば、PGSを分析に入れることで、社会調査のサンプル数を大幅に削減しても、精度の高い分析が可能になる)といった利点もあります(もちろん、その前提として、遺伝情報の活用を進めるためのコストは莫大になるわけですが・・・)。

とはいえ、繰り返し述べてきたとおり、この研究分野はまだ動き出したばかりであり、個別の分析結果を見ると非常に大きなバラつきがあります。また、例えば教育達成の指標一つとっても、そもそも教育年数を使うのが本当に妥当なのか、といった基本的な分析手法に関する議論の余地も大きいのが実態です。その意味で、以前の記事などでも書いているように、「遺伝か環境か」を考えていく際にも、特定の「エビデンス」を持ち出して「人の能力や教育・地位達成は〇%が遺伝、△%が環境」という分かりやすい結果に飛びつくのではなく、各エビデンスがどのようなコンテクストで導出されているのか、それが他のケースにどの程度・どのように適用可能なのか、という点に留意しつつ、慎重に知見を蓄積していくことが肝要です。しかしこうした動きが着実に進めば、個人の家庭環境や生得的な遺伝情報にかかわらず、社会的な環境整備を通じて、一人ひとりがポテンシャルを最大限に生かし、結果的に社会全体が活性化する・・・そんな夢物語を近い将来実現できるかもしれません!

荒木啓史

HP: Sarthak Shiksha | Quality Learn
FB: https://www.facebook.com/SarthakEd/

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