前回の投稿ではネパールの大まかな教育概要について説明しました。
今回は現在ネパールでホットトピックな教育の分権化とその課題の兆候について書きたいと思います。
しばらく前からネパールの正式名称が変わったのはみなさんご存知でしょうか。
ネパールは2008年から「ネパール連邦民主共和国」として知られるようになっています。(ネパール初心者にはネパールの政治展開と基礎情報については外務省の次のページがお勧め:ネパール基礎データ | 外務省)
この連邦制が正式に始まるのに約10年もかかりました。昨年の5月の第一段の地方選挙で徐々に行政区分が変化。2015年の憲法で地方行政の権限も明確になってきました。今まで存在していた村落開発委員会、郡や開発地区の行政区分が廃止され、連邦制に従って連邦(federal)ー7県(provincial)ー753村落・市役所(rural/muncipality)が主な区分となりました。郡レベルでは郡調整委員会以外は既存のほとんどの役所が解体の手続きが進められています。ここで議論したい郡教育省もこの3月で閉鎖することが正式に決まっています。
この背景には新しい憲法に定められている教育に関する権限を具体化している地方行政法(2017)があります。それによると村落・市役所は基礎・中等教育に関して以下の23の権限を持っています。
1.幼児発達・教育、基礎教育、親教育、インフォーマル教育、オープン教育とオルタナティブ生涯学習、コミュニティ学習に関する政策、法、スタンダードや計画の形成・実施・モニタリング・評価・規制
2.公立・私立・共同や生協学校の設置・認定・運営・規制
3. 専門教育・職業教育の企画・実施・認定・許可・モニタリング・評価・規制4. 母語教育の許可・モニタリング・規制
5. 統合もしく閉鎖された学校の資産運営
6. 村落や市教育委員会の設立や管理
7. 学校運営委員会の設立や管理8. 学校の命名
9. 公立学校の資産管理・保護・書類化・土地確保
10. 学校の質向上と書籍配布
11. 公立学校における教育およびスタッフの配置
12. 学校マッピング、認可、調整と規制
13. 公立学校の教育インフラの整備・維持・運営・管理
14. 基礎教育レベルの試験を実施・モニタリング・運営
15. 生徒の学習成果の測定と管理
16. 無償教育、生徒のモティベーションと奨学金の管理
17. 学校外で実施される塾やコーチング(主に長期休み中に実施される集中講座)の許可や規制
18. 地域の知識・スキルや技術の保護・推進・標準化
19. 地方図書館や読書室の実施や管理
20. 中等教育までの教育プログラムの調整と規制
21. 公立学校に付与される資金や予算の管理、会計管理や規制22. 教員やスタッフの専門開発
23. 校外活動の実施
基礎・中等教育に係る多くの権限が村落・市役所レベルに入ります。要するに、今後基礎・中等教育のほぼ全てのことが村落・市役所レベルで実施されるわけです。県や連邦の役割は標準化や一定の水準や枠組みを提供することだけになります。
ネパールの場合は地方選挙が先に実施され、地方政府が先に設立されています。今のところその上のレベルの県や連邦がどのように打って出るのかはまだ不明です。今のところ地方行政相(教育相ではなく)が自分のホームページで村落・市役所が教育法を作る際のサンプルを掲載しています。
教育のアクセスが急に拡大したネパールですが、今まで公教育の質や公立と私立の格差には多くの批判が集まっていました。果たして連邦化によって推進された地方分権化はどうなるのでしょうか。。。
連邦政府や県政府が建設的な役割を果たさないと教育崩壊に繋がりかねません。いくつかその兆候を説明します。
兆候その①村落・市役所レベルでの教育人材の不足
これは教育だけではなくネパールを含めた中央集権化で動いていた国としての問題ですが、ローカルレベルでの基本人材が不足しています。しかも多くの人々が出稼ぎ労働に行かざるを得ない社会経済状況があります。教育分野は専門分野なので専門家人材を開発・維持し、法・政策の制定から試験実施・管理する必要がありますが、村落・市役所レベルでそのキャパがあるのかは大きな疑問です。このような中で連邦・県政府が753の村落・市役所を通して良質の教育を保証するのは悩ましい問題です。
兆候その②財政はすでに赤字
連邦制を進めるだけで財政はすでに赤字です。様々な財政分析をした記事が出始めていますが、その中で今の憲法で保障されている無償義務基礎教育(幼児教育を除く)だけを実施するためだけに現教育予算の二倍が必要だと分析されています(シクシャク・マーグ号ネパール暦2074年)。基礎教育以外の教育課題に取り組むためにも予算が必要です。これらを実施するためにどれだけ予算が必要なのか、またそれをどこから創出するのでしょうか。
兆候その③教員組合との対立VS村落・市役所による教員評価
学校の質改善には教員がカギです。ネパールでは教員組合が、地方分権化が教員の職務保証を脅かすとして、2000年代に勧められた教育分権化の時代から厳しく批判してきました。今回は連邦制において、地方分権化のより極端なものがネパールで実施されていることになります。これにはもちろん教員組合が反対し、ストの実施を警告しています。さらにいくつかの村落・市役所が教員が学校に来て教えているかどうかを厳しく評価しだしているようです。公教育の質向上に繋がりそうな兆しもみられますが、どうやら教員組合と村落・市役所の衝突は近い将来には避けられなさそうです。
兆候その④公教育の英語化
教育の地方分権化の一番危機的な影響、そして子どもたちが被害を受けているのは公教育の英語化です。村落・市役所が次々と幼児教育から英語を教授言語に用いた教育を実施することを宣言して、実施していっているわけです。ネパールのような多民族・多言語国家では児童にとって英語は第二・三言語になります。多くの研究で初等教育の初めの段階では母語に基づく教育が子どもの教育に良いと言われています。母語でまずは教育をして徐々に第二・三言語に導入していくのが多くの国で一般的です。しかし、ネパールでは市場のニーズ、特に私立学校との競争という名目で英語に基づく教育が進んでいます。せめて、英語に基づく教育を進めるために教員のレベルが十分か検証してくれたらよかったのですが、それもありません。
さて、少し悲観的な記事になりましたが、連邦制自体にはリーダーシップによりますが、多くの可能性が秘められています。教育相が連邦教育法を作成中だと聞きますが、少しでもこのような兆候を解決するものになることを願うばかりです。