サルタックの教育ブログ

特定非営利活動法人サルタック公式ブログ。教育分野の第一線で活躍するサルタックの理事陣らが最先端の教育研究と最新の教育課題をご紹介。(noteへブログを移行しました。新しい記事はnoteにアップされます→https://note.mu/sarthakshiksha)

情報は親の学校運営への参加を促進するのか②

ジャンボ!

前回親への情報の提供が学校運営への参加に繋がる理論的フレームワークを紹介しました。既存の研究では情報のインパクトに対して効果があがったという研究もあれば、効果がなかったというものもあります。既存の研究や私の現場での経験からいくつか情報の提供のみが万能ではないということが分かってきました。今回はフレームワークが見落としている点を指摘したいと思います。

 

sarthakshiksha.hatenablog.com

フレームワークの前提

前回の記事で触れたフレームワークの前提をまとめると下記のようになります。

  • 情報は親の学校の知識の増加に繋がる
  • 知識は親の学校運営への参加に繋がる
  • 親の行動を受けて政府や学校は教育サービスの改善を図る

この一つ一つの前提が成り立たない可能性があることを指摘したいと思います。

前提1 情報は親の学校の知識の増加に繋がる

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親のキャパシティー

情報を理解できるキャパシティーを親が持っていることが重要です。日本では親が文字を読めないということは稀ですが、途上国では親が教育を受けておらず字を読めないケースがあります。そういう親にパンフレットやテキストメッセージで情報を与えたところで、親は何についての情報か理解できません。またどの言語で情報を渡すかも大事です。現在私が住んでいる地域では家では母語(例:マサイ語、キクユ語、カンバ語)、外ではスワヒリ語または英語という多言語が当たり前の環境です。どの言語で誰に情報を渡すかによって理解度に差が出ます。

また親が情報を理解できる能力があるかについても考える必要があります。例えば、あなたの子どもの年度末テストの結果が20点、クラスの平均点は70点でしたという情報を伝えたとします。一方で親が平均点という概念が理解できていないと、子どものテストの点数20点がショッキングな情報なのかどうかわかりません。

情報の渡し方

どの言語で誰に情報を伝えるかと同様に、どの媒体で情報を伝えるのかも重要です。ハンドアウトやテキストメッセージのような文字で伝えたり、コミュニティ会議のような場所で口で伝えたりラジオを使って情報を伝える方法もあります。インドネシアでの研究では、ハンドアウトやブックレットの配布は親の知識の向上には繋がらなかった一方で、テキストメッセージと学校会議での情報共有は知識の向上に繋がったとされています。情報の内容によって適切な媒体を選択する必要があります。

前提2 知識は親の学校運営への参加に繋がる

この前提2が結構厄介です。

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情報の中身

知識を学校改善の行動に繋げるためには、どの情報を親に伝えたかが大事です。学校のパフォーマンスやそれぞれの児童のテストの結果は親の行動に繋がり、学校の試験の結果の改善にも繋がったと主張する論文もある一方で、テストの結果は親の行動にも学校の改善にも繋がらなかったという研究もあります。

テストの結果のように課題が見えづらい情報よりも、教師の出席率や学校のインフラの状況のような情報についての方が比較的アクションを起こしやすいようです(Brookingsのレポートを参照)。

また地域の学校運営委員会の役割のような事実的な情報を伝えるだけでは行動には繋がらなかったという研究もあります。事実的な情報だけでなく、具体的に親がどのようなアクションが取れるのか(例:学校を訪問する・会議に参加する・寄付をする)、そのアクションを示唆する情報を与えることも必要かもしれません。

親のマインドセット

親が学校のことを知れば、行動を起こすとは限りません。親が行動を起こすには、行動を起こすに足るマインドセットを持っていることが前提になるからです。少し古いですが、親の家・学校での子どもの教育への行動の心理的な背景をまとめた研究があります。その中で行動を起こすために必要なマインドセットが3つ指摘されています。

  • 子どもの教育に対して親が果たすべき役割があると認識すること
  • 親の行動が子供の教育にプラスの影響を与えると信じること
  • 子どもや学校が親の参加を求めていると認識すること

学校のことを知っても自分が果たす役割があると認識し、自分の行動は意味がある(自己効能感)と信じないことには行動には繋がらないのです。私がいるケニアの教育普及が遅れた地域では、歴史的に親やコミュニティが子どもたちの学校をサポートしていました。一方教育の無償化を実施した2003年以降、学費が無料になった一方で、政府が全国の学校に介入するようになったことが、結果的に親の貢献を減らしてしまいました。これにより、「学校は政府が責任を持つものだ」という認識が強まり、親やコミュニティの学校へのオーナーシップが小さくなったと言われています。学校のことを知れば行動に繋がるだろうと短絡的に考える前に、親が学校や、自身の行動や役割についてどのような認識を持っているのかを理解する必要があり、場合によってはその認識の改善が必要かもしれません。

参加を阻むローカルな制約

学校について知って、自身の役割を認識したとしても行動に繋がらないケースもあります。男尊女卑や年功序列のような文化が根強い地域では、若い女性がアクションを起こすことは難しいです。実際、マサイ族が多く住む地域の学校で会議を開いたときの発言の多くは年長の男性者です。また参加型学校運営の文脈で良く議論されるテーマですが、ローカルな文脈が民主的でみんなの参加を望めるかというと、現実はそうではないことが多く、ローカルポリティクスが存在することがあります。ローカルな会議では政治的な意図を持って参加している人がいたり、学校運営委員会の役職が政治職であったりすることがあります。必ずしも政治化することが学校改善にとってマイナスになるとは言えないのですが、政治的な意見が異なる場合は、コミュニティが分裂し、親の参加が実現しないこともあります。

Exitする可能性

これが参加にとっては一番厄介です。親が学校の状況を認識し、今子どもが通っている学校に対して改善の声を挙げ、学校運営にも参加するようになるになればよいのですが、親が起こすアクションは学校に声を挙げ(voice)、学校のモニタリング(participation)するだけではない点をBruns, Filmer, Patrinosの世銀レポート が指摘しています。親は今いる学校から他の学校に転校させるという選択(choice)をすることもあります。今いる学校の成績と他の学校の成績を比べたときに、他の学校の成績の方が良いということを知り、転校させるだけのリソースを持ち得ている場合は、今の学校をやめて(exit)、他の公立学校や私立学校に転校させるという選択ができます。転校させるという選択ができる家庭は比較的豊かであることが多いので、残された学校は目減りしたリソース(知識・お金・マンパワー)しか学校に動員できなくなるかもしれません。

情報に対しての親の反応は地域で協同して今子どもがいる学校を支えるための改善への参加や寄付のような行動(collective actions)だけでなく、自分の子どもを塾に行かせたり、学校選択のような私的な行動(individual actions)もあることを認識する必要があります。individual actionsに偏ってしまうと、学校は地域の親のサポートを十分得られないかもしれません。

フリーライダー問題

Collective actionsにはフリーライダー問題が発生する可能性もあります。例えば、みんなで寄付をして学校に新しく椅子を供与すると決めたとします。一方で一人の親が寄付をしなかったとしても、その親の子どもは学校で新しい椅子の下で勉強するという便益を得ることはできます。他の親は学校に貢献していないと知り、みんなで学校を支えているという認識がないと、各々の親は学校に対しての参加という決断を決めないかもしれません。親が学校運営へ参加するためには、コミュニティの連帯や信頼の度合いといった要素も考える必要があるでしょう。保健分野の研究ですが、民族的に同質な環境ではcollective actionsに繋がりやすいという研究結果も出ています。

 

前提3 親の行動を受けて政府や学校は教育サービスの改善を図る

親の参加を受けて政府や学校が教育サービスの改善を図るのはアカウンタビリティーフレームワークの一番重要なポイントです。

政府・学校の体制

政府・学校が親の声を大事な情報であると認識し、改善に繋げる体制がないとせっかくの声が改善に繋がることはないでしょう。つまりアカウンタビリティー強化のためには親の参加だけでは不十分なのです。教育の供給者側が親の声を改善につなげるようなメンタリティーと仕組みがないと、教育サービスの改善までには至りません。また、そもそも政府や学校が教育サービスの改善を図ることはないと親が感じてしまうと、自身の行動の意味を見いだせなくなり、行動にも繋がらない可能性があります。

親の参加を適切に学校改善に繋げるためには、教育の受益者側の努力だけでなく、供給者側の努力も必要だと言えるでしょう。

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まとめ

近年ボトムアップで教育ガバナンス・アカウンタビリティー構造を改善する必要性が叫ばれています。その潮流の中で親に情報を与えることで教育改善に繋げようとしています。また情報というインプットは学校建設、教員研修、教材のようなものよりも安価で費用対効果が高いものであるとも言われています。もちろん通信技術の発達でSNSなど情報共有の媒体の種類が増えていることも情報への関心が高まっている理由の一つでしょう。

しかしながら、今回の記事で指摘したように、情報が親の学校運営への参加さらには教育の質の改善に繋げるには多くの条件をクリアする必要があります。

ところで、この情報共有の重要性に注目し、親の学校運営への参加を促進、さらには教育の質の改善に繋げようとしている日本のNGO発の野心的なプロジェクトがあります。

私が現在ケニアで関わっているCADVESというプロジェクトです!

www.glminstitute.orgコミュニティ会議、テキストメッセージ、facebook、what’s upを駆使して情報共有を活性化し、親が主体的に学校に参加し学校改善を図ることを目指しています。

上記の課題も乗り越えようと日々努力しています。

アカデミアとの協同があり、ガバナンスの改善を志向し、教育の質の改善(学力)までを目指している点が日系のNGOではかなりユニークです。

現地からの情報もfacebookでお届けしていますので、是非ご覧ください。

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最後はなんと宣伝でした。笑 

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