サルタックの教育ブログ

特定非営利活動法人サルタック公式ブログ。教育分野の第一線で活躍するサルタックの理事陣らが最先端の教育研究と最新の教育課題をご紹介。(noteへブログを移行しました。新しい記事はnoteにアップされます→https://note.mu/sarthakshiksha)

ニジェールでのJICA発みんなの学校プロジェクトとは何だったのか

二ジュールの「みんなの学校プロジェクト」
国際協力、特に教育分野で働いている人たちにとっては有名なプロジェクトである。

最近プロジェクトの動画がYoutubeにアップされたし、
www.youtube.com

JICAのHPでは池上彰さんのこのプロジェクトに関するインタビュー記事も掲載され、

みんなの学校プロジェクトの当時のチーフアドバイザーの原さんが書かれた本も出版されている。
『西アフリカの教育を変えた日本発の技術協力 ~ニジェールで花開いた「みんなの学校プロジェクト」の歩み~』 | 出版物 - JICA研究所

私が一時帰国しているときには電車の中でこの本を手にしている若い女性も見かけた。
認知度は高まってきているが、まだまだ国際協力分野での知る人ぞ知るプロジェクトになっている。

今回のブログではみんなの学校プロジェクトとは何だったのか、何がすごかったのかを振り返りたいと思う。

1.基本概要

みんなの学校プロジェクトとは2004年から2007年まで西アフリカ、ニジェールタウア州(途中からザンデール州)で実施されたJICAの教育支援事業。
学校運営委員会を住民の力が結集できるような組織として再生させることで、真の住民参加型の学校運営を実現し、教育環境の改善を目指すものであった*1 (原 2011)。

2.背景

2.1.なぜ学校運営なのか?

教育環境の改善を目指すのであれば、教科書を配布し、教員を増やせば直接教育環境を改善できるのではないか、と思うかもしれない。
なぜ学校運営を改善する必要があるのか?
私は現在ケニアで似たプロジェクトを実施しているが、日本の友人に、ケニアで教育プロジェクトを実施していると伝えると、ケニアの学校で子どもたちに教えているのかと聞かれることが良くある。
住民が主体になって学校のマネジメントを改善するプロジェクトだよと伝えてもなかなかピンとくる人はいない。

学校でも、教育環境の改善のための計画を立て、資金やリソースの管理といった適切な「運営」をしていかないと、子どもたちの学びや教室内の環境に繋がらない。
当たり前に聞こえるかもしれないが、その当たり前が特に途上国では保障されていないことが多い。
例えば、外からの支援者が真新しいICT教材を支援しても、適切に使われていなかったり、
先生の数を増やしていても、校長先生が学校におらず、先生は休み放題のこともある。
いわば学校運営という「土台」がしっかりしていないと、いくら外からリソースの投入を増やしても子どもたちにそのリソースは届かないのだ。

2.2.なぜ”住民”参加型学校運営なのか?

ではその学校運営になぜ保護者を含めた”住民”がその意思決定や実施のプロセスに参加する意義があるのか。
その仮説は以下の通りだ。

1. 住民が学校運営に参加し、意思決定に関わることで、その地域のニーズに応じた学校改善の取り組みが実施されやすくなる。
2. また住民が帰属意識を持つことで住民の参加(リソースや人員の動員)が得られやすい
3. 住民が学校運営をモニタリングする主体となり、教育サービスの提供者である校長や先生に説明責任を求めることで、サービスの改善に繋がる。(原 2011)

(住民参加型学校運営の説明責任フレームワークについては「情報は親の学校運営への参加を促進するのか①」を参照ください)

学校や地域レベルに学校運営の意思決定を落とす住民参加型学校運営や自律的学校運営(School-Based Management)は主に世界銀行が地方分権化政策として進めている(原 2011)。
巨大な援助機関の援助動向に左右されやすい途上国では、似たような学校運営改善政策が次々と実施されている。
そのような援助潮流の中、JICAもニジェールで住民参加型の学校運営のモデルを作るべく、みんなの学校プロジェクトをスタートさせた。
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3.みんなの学校プロジェクトのプロジェクト内容

形骸化していた学校運営委員会を住民の力を結集する組織として再生するために、
3つの戦略を作り、これをミニマムパッケージとした。
学校運営委員会を機能させるためには、外部の援助団体が様々なインプットを入れることができる。
しかしそれがプロジェクトが終了した後も続くとは限らない。
ニジェールの政府や住民が継続的に学校運営委員会を運営していけるように、余分なインプットはそぎ落とし、
ミニマムパッケージとして3つの要素を満たす学校運営委員会を作ろうとプロジェクトが始まった。

①民主的な委員の選挙
真の意味で住民の力を結集する学校運営委員会を作るためには、その組織が信頼され、参加しやすいものでなくてはいけない。
委員会のメンバーが汚職まみれの人だったり、男性や年長者だけだった場合、多くの住民の参加を得るのは難しい。
組織自体を透明性のあるものにし、より多くの参加を得られるように、無記名投票で委員を選出するようにした。
これを対象小学校1205校(全学校の98%)で実施し、民主的に委員を選んだ。

②住民が参加する学校活動計画の策定、実行、評価
透明性がある組織ができても、その組織が学校を良くしていく計画をして実行できなくてはいけない。
またその計画、実行、評価のプロセスが一部の有力者によってなされていると、
住民のコミットメントを得るのは難しい。
みんなの学校プロジェクトでは、学校活動計画の策定、実行、評価のプロセスに住民を巻き込むことで、
頻繁に会議を開き、文字通り”みんな”で学校を良くするために、外部の支援者に頼らず、地域や住民のリソースで実施できる活動に知恵を絞った。
プロジェクト終了時には98%の学校運営委員会で5つ以上の住民による活動が実施された。
2005年度のプロジェクト対象校で活動のために保護者や地域の人々が貢献した額は平均で約20万FCFA(約4万5000円)、児童一人あたりでは約1500FCFA(約330円)だった。
ニジェールの国民一人当たりの年間の所得(GNI)は340ドル、国民の60%が1日1ドル以下の生活をしている。
日本の経済レベルに合わせて単純に計算すると、一校当たりの平均実施額は499.5万円、生徒一人当たりだと38万8500円相当となる(原 2011)。
単純な比較に限界はあるものの、いかにニジェールの田舎の住民が貧しい中でもお金を出し合って地域の学校を良くしていこうとしたかが想像できる。

③統合的なモニタリングシステムの構築
学校運営委員会自体が住民に支えらたものであっても、それを継続的にモニタリングする体制が必要だ。
これも聞くと当たり前に聞こえるかもしれないが、途上国では、モニタリングのためのガソリン代が予算に計上されていなかったり、
そのガソリン代が汚職に消えていて実際モニタリングは実施されず、現場の状況がブラックボックス化していることはよくある。
学校運営委員会自体が汚職や一部の有力者の政治パフォーマンスのために使われている場合、狭いコミュニティの中にいる住民自らがそれを解決していくには困難が伴う。
理想的には、政府の学校運営委員会のモニタリング担当官がすべての学校をモニタリングし、課題を解決していければよいが、
多くの学校は僻地にあり、学校数も多く、学校運営委員会のモニタリング担当官の数も限られている。
そこで考えられたのは、地理的に近い学校運営委員会を1つの連合とし、その連合の会議での情報共有をモニタリング担当官がモニタリングし、
課題のある学校を選択的にモニタリングするような仕組みを作った。
この連合の委員も民主的な選挙で選ばれ、会議も頻繁に行われ、後述するように教育省がこの連合モデルを採用したようだが、実際に機能する学校運営委員会連合を形成できたかどうかは3年間のプロジェクトだけでは評価が難しいようだ*2

以上の成果を教育省は有効かつ持続可能なアプローチと捉え、教育省令でみんなの学校プロジェクトの学校運営委員会のモデルは全国展開するに至った。
2004-2006年のタウア州での就学者数の伸びは全国一位になり、就学者数及び総就学率、女子就学率及び全生徒数に占める女子の割合、修了試験合格率のすべてにおいて、対象2州の伸び(上昇ポイント)が全国平均のそれを上回っていることが確認された
学校運営の改善が住民の教育環境に繋がり、教育のアクセス・質が改善したと想像できるが、厳密にはみんなの学校プロジェクトの直接の効果かどうかは測定が難しい。

4.何がすごかったのか

4.1.持続可能性を本気で考え、実践に移した

住民参加型学校運営を実現しようとしても、本気でプロジェクトが終了した後も継続し得る方法で実施しているプロジェクトは案外少ない。
例えばプロジェクト期間内に、学校運営のモニタリング要員を援助機関が雇用するとする。プロジェクト実施期間中は各学校を周回できる。
一方でプロジェクトが終了した後に、そのモニタリングの費用を地方政府やコミュニティが捻出できるのだろうか。
原さんの著書の中にも書かれているが、国際協力プロジェクトでは馬の前にニンジン型のプロジェクトが多い。
インセンティブを与えることで、実施させる。
でもそれではインセンティブがなくなったとたんに止まってしまう。
プロジェクトからの支出は最小限におさえ、持続可能性に耐えうる学校運営体制のミニマムパッケージをプロジェクトの初めから考え、それを実行にうつすことができたからこそ、
ニジェール政府が実施可能な全土に全国展開できるモデルもできたと言える。

4.2.プロジェクトの全国展開を計画し、実際にそれを果たした

多くのプロジェクトはプロジェクトのモデルの普及までを考えて実施していない。
プロジェクトが終わったら終わり、その地域の状況は改善するかもしれないが、
そのアプローチがより広範囲で使用したときも有効なのか、そこまで考えて実施しているプロジェクトは稀だ。
しかし、みんなの学校プロジェクトはそのアプローチの有効性を実証し、教育省もそのアプローチを認めた。
実績のないJICAが何を言うんだと最初は欧米の援助機関に相手もされなかったようだが、最終的には世界銀行がみんなの学校プロジェクトのアプローチの有効性に納得し、莫大な予算をつけることになった。

4.3.成果の見せ方が上手

住民の参加度合いの示し方が上手い。
ニジェールは最貧国の中でも特に貧しい最最貧国と言ってもいい。
そんな状況では、住民の資金などのリソースには限りがあるし、最も貧しい人たちは金銭的なものを提供することができない。
みんなの学校プロジェクトでは住民の建設作業への労働力も時給換算でコストと換算して、それを住民たちに示した。
この方法によって、お金がない最貧困層でも自らの体を使って、学校に貢献できることを示し、貧困層の参加を促した。

4.4.プロジェクトスタッフのオーナーシップ

これはあまりプロジェクト関連の資料では強調されていないが、
みんなの学校プロジェクトに従事している日本人・ニジェール人スタッフの貢献度やプロジェクトへの参加の意識が非常に高かったようだ。
いくら良いプロジェクトでもそれを実行に移す、スタッフの実施能力に問題があるとプロジェクトは回らない。
しかし人事関係以外の、教育省との会議やJICA本部の動向などの情報を徹底的に共有することで参加意識を高め、
毎週プロジェクトの進捗の振り返りを実施し、進捗が遅れている場合は、何が足りなかったのか自己分析させて、パフォーマンスの改善を図り、
プロジェクトの意義や目的について何度となく共有することで、モチベーションを常に高いものに保ったという。
これは簡単に聞こえるかもしれないが、異なる価値観を持つ人々と生活環境が厳しい地域でやっていくのは並大抵の努力ではなかったのではないかと想像できる。
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5.まとめ

みんなの学校プロジェクトは、モデルの全国展開という野心的な目標に向かって、事業開始前から目標達成までの戦略を立て、
それに向かって様々な人たちが主体的にプロジェクトに参加し、フル回転で3年間走り続けることで、目標までたどり着くことができたようだ。

また途上国は「貧しい」、「劣る」、「できない」といった負のイメージを打破し、
貧しくても、田舎にいても、大変な環境でもできることはあるということもプロジェクトを通して示せたのではないか。

貧しいと言われる地域に住む住民の主体性を引き出し、多くのリソースを動員し、みんなの学校プロジェクトのモデル化を成し遂げたこと自体が大変大きな成果ではあるが、
住民の参加が教育の質(学力などの教育成果)の改善に繋がるのか、この部分に関してはアカデミックな分野でも決着はついておらず、みんなの学校プロジェクトでも実証することはできなかった。
上で示した住民参加型学校運営の仮説3教育サービスの受益者である保護者を含む住民に説明責任を果たす必要性から学校が教育サービス(質)の改善をするという点は、
実際はどうなのか十分そのメカニズムが解明されていない。


日本でも最近コミュニティスクールなどの取り組みで、地域の住民が学校に関わることが推進されているが、
文脈が異なる中でも日本の教育はニジェールの経験から学ぶことはあるのか、考える意義はあると思う。

sarthakshiksha.hatenablog.com


山田

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*1:その後フェーズ2や後続プロジェクト、類似プロジェクトが他国で実施された/されているが、ここではニジェールでの2004年から2007年のプロジェクトについて記述する

*2:モニタリング体制の強化は第二フェーズで重点が置かれた https://www2.jica.go.jp/ja/evaluation/pdf/2009_0608872_3_s.pdf