サルタックの教育ブログ

特定非営利活動法人サルタック公式ブログ。教育分野の第一線で活躍するサルタックの理事陣らが最先端の教育研究と最新の教育課題をご紹介。(noteへブログを移行しました。新しい記事はnoteにアップされます→https://note.mu/sarthakshiksha)

学校での“食”をめぐる日英比較~給食に求めるものは?

こんにちは!10月も終わりに近づき、ヨーロッパではサマータイムが終わりました。イギリスでも秋はすっかり深まり(既に冬のようですが)、我が家の子供たちが通う小学校でも収穫祭をテーマにしたイベントがありました。そこで今回は、学校で出される食事、特に給食について注目したいと思います。

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学校で食べられるおやつ

ある日、子どもを学校に連れて行くと、教室に果物が置いてありました。
我が家の子供たちが通うイギリスの公立小学校(community school。イングランドの学校の種類については以前の記事を参照ください)では、小学校低学年生(4歳~7歳)には、無料でおやつ/補食が提供されるのです。
リンゴやバナナ、洋ナシだけでなく、トマトやキュウリの日もあって、なかなか健康的です。人参が出た日には、小さめの人参がそのまま、切られているわけでもなく、皮がむかれているわけでもなく置かれていました。さらには、スナップエンドウもそのまま置いてあり、みんな生のまま食べるようです。
この学校では、「Healthy School(直訳すると「健康的な学校」)」を掲げているため、その取り組みの一環かな、健康的というか逞しくなりそうだな、と思って見ていると、毎日の給食のメニューには、デザートがついていて、クッキー、ブラウニー、アイスクリーム、ケーキ等々。糖分の高そうなお菓子ばかりで、本当に子供の健康を考えているのだろうかと、やや懐疑的になります。
ちなみに、我が家の場合は歯科からもなるべくお菓子を食べさせないように言われたため、給食時対応の学校スタッフに相談したところ、それなら、と難なくデザートの代わりにヨーグルトを出してもらえることに。お菓子が食べられなくなるとがっかりしていた5歳児は大喜びでした。

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イギリスの公立小学校の給食制度

このような柔軟な対応の背景の一つには、そもそも選択の考え方が浸透していることがありそうです。というのも、おやつとして提供されていたフルーツを食べるかどうかだけでなく、給食も選択制で、お弁当を持ってくることもできるのです。
イギリス(イングランド)の公立小学校では現在、小学校2年生以下は全員、また3年生以上でも家庭の所得水準によっては、無料で学校給食が提供されます。
給食の献立は地域によって様々ですが、我々が住む地域では、ピザ、ヨークシャープディング、フィッシュアンドチップスを基本として、その合間に、ソーセージ、バーガー、ミートボール、パスタ等が入る形で週5日間のメニューが組まれています。日替わりで野菜や果物も並んでいて、自分で選ぶことができます。この給食を食べるかどうかは日単位で選ぶことができ、たとえ無料で食べられる場合であっても、「ピザが美味しくない」「ソーセージは食べない」等々の理由で、お弁当を持ってくる子供も少なくありません。
お弁当の場合には、ポテトチップスなどのスナックなどを持ってくる子供も多く、甘すぎるお菓子やドリンクは持ってこないようにと学校から度々注意喚起がなされています。ただし、放課後に学校の資金集め/ファンドレイジングイベント(日本の学校でいう「バザー」のようなもの)としてカップケーキやクッキーが売られている場合には、それらのお菓子はカラフルにしっかり砂糖でコーティングされていることが往々にしてあり、またそもそも給食で甘いデザートが出ていることもあり、あまり説得力がないように感じます。
なお、食べ物に関する学校からの明示的なルールは、アレルギーの関係からナッツ類は持ち込み不可、ということだけです。それがこの学校の掲げる「Healthy School」として最も重要な要素と考えているようで、後述する栄養バランスに配慮した日本の給食文化に慣れ親しんだ筆者としては、かなり違和感があります。

そこで、イギリス政府の学校給食の方針をみてみると、健康的なバランスの取れた食事が掲げられています。ここでは健康的なバランスの取れた食事の要件ははっきりしていて、①良質の肉/魚、②野菜や果物、③パン/シリアル/ポテトの3種類を含むこと、加糖飲料やチョコなどのお菓子は禁止、週2日以上揚げ物を出さないこと、となっています。詳しい学校給食に求められる基準は下表の通りで、最低基準であることが分かります。
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出所:The Requirements for School Food Regulations 2014 およびSchool Food Standards Guidanceから抜粋・訳

また、上記を含めた学校給食に関する規則(school food regulations)の例外として、ファンドレイジングや学校でのイベント、学業や取り組み態度等にたいする子供への褒賞等が挙げられており、前述の砂糖コーティングたっぷりのケーキが売られている状況もルールに則っていたことが分かりました。

食文化の違いと学校給食

日本では、文部科学省の調査によると、2017年度において、92.4%の公立小学校で給食が提供されています。このうち、小学校で給食費の無償化を実施しているのは2017年度で5%以下であり、一部無償化や一部補助等を除いても、約7割の公立小中学校の給食は有料となっています。有料の場合でも、給食費を支払う代わりにお弁当を持参するという選択肢は基本的になく、(アレルギー対応等の場合を除いて)同じメニューの食事を、各教室で一斉に食べるのが典型的です。そして、各クラスの給食当番が配膳などの準備や片づけを担当します。
全員が同じものを食べるため、栄養バランスの取れた食事を通した子供の健康促進が容易になります。また、食堂に行って各自が好きなものを選んで食べるシステムに比べて、衛生面への配慮、食べ残しへの意識化などが身につくと考えられます。学校給食法でも、目標には、「適切な栄養の摂取による健康の保持増進」だけでなく、「望ましい食習慣」や「共同の精神」、「勤労を重んずる態度」等を養うことも掲げられています。
この目標が達成できているかどうかを簡単に判断することはできませんが、このような給食文化による子供の栄養管理/衛生教育/食育は、以前の記事にて触れられていた「日本型教育の海外展開・輸出」の一つのテーマとして検討の余地がありそうです。既に「食育・健康教育」の点から日本型家庭科教育を紹介するプロジェクトがベトナムで行われているようですが、給食の実施方法についても展開を考えてみても良いのかもしれません。
ただし、日本の学校給食のシステムが栄養管理/衛生教育/食育という点からも機能している背景には、以下のような社会・文化的コンテクストがあることに注意が必要です。

学校給食の背景~日英比較

日本の給食文化を理解するため、その歴史的背景をイギリスのそれと比較してみます。
日本もイギリスも、学校給食は地方の学校が貧困児童を対象に食事を提供したことから始まり、それを政府が栄養状態改善の方法として注目し奨励してきた点は共通しています。

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出所:全国学校給食連合会HPおよび(公)学校給食研究改善協会HPから筆者作成

上記の通り、日本ではその後、給食が全国に広まり、第二次世界大戦による中断を経ながらも、子どもの栄養状態の改善、健康増進の観点から制度的にも教育の一環として位置づけられるとともに、栄養職員が導入され、学校給食摂取基準を参照して学校給食の献立を作成することになりました。さらには栄養教諭制度が導入され、栄養教諭が給食管理だけでなく栄養に関する知識や食習慣等、食に関する総合的な役割を担うことになっており、食に関する教育体制が強化されています。つまり、給食も学校から提供される教育の一環であるため、「有料だから」「好きじゃないから」といってお弁当を持参するといった選択肢は基本的にないのです。むしろ提供された給食を教員の指導の下に一斉に食べる、というのが自然な流れになっています。

一方で、下表の通りイギリスでは、無償給食の対象範囲が議論の焦点となってきた傾向があるようです。第二次大戦を受けて子供の栄養不足を補うために行われた全児童に対する給食の無償化が1949年に終了した後も、給食は安価に提供されていましたが、サッチャー政権下の予算縮小等により、無償給食の対象範囲が縮小し、栄養基準も廃止されました。この結果、給食を食べる児童が減り、給食の質がますます顧みられなくなっていったと批判されています。2005年に著名なシェフによる学校給食改善のための取り組みがドキュメンタリーとして報道されたことをきっかけにこの状況を打破する機運が高まり、2006年には学校給食基準(School Food Standard)が教育省から発表され、栄養バランスの取れた給食への取り組みが進められています。この学校給食基準は、外部委託先を含めた給食調理者への分かりやすさに重点が置かれています。これは、栄養職員や栄養教諭制度によって給食の献立作成や運営が専門化している日本の状況とは対照的です。

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出所:The School Food Planから抜粋・作成

以上を踏まえて、日本の給食文化が成り立っている背景を考えてみると、以下のような要素が考えられます。

① 給食に対する社会的な信頼
日本の給食は、上記の通り、学校給食摂取基準に即して提供されています。この基準は栄養素毎に、給食における摂取基準量が児童の年齢別に示されていて、これが実際にどのようにメニューに反映されているのか一瞥しただけでは分かりませんが、ここから給食の献立作成を行うのが学校栄養職員または学校栄養教諭です。学校栄養職員は管理栄養士や栄養士の資格を持ち、栄養教諭の場合はさらに教員免許も取得している必要があります。つまり専門的な計算/プロセスのもとに算出された基準値を参照して、専門的な知見のもとに献立が作られることになります。このシステムの下では、イギリスのような最低基準のチェックといった栄養規則の場合と比べても、安心感があり、学校給食が「栄養バランスの取れた子供の健全な成長を支える食事」として信頼を得ているように感じます。このため、有料でも学校給食を一律で食べる文化が継続しているとも考えられます。

② 学校給食の制度的位置づけ

前項とやや重なりますが、イギリスでは、以前の記事でも紹介した通り、教員の職務範囲に対する考え方が明確で、給食時も教員は休息する権利を勝ち取っています。これは、そもそも給食が教育の一環として位置づけられておらず、給食時は授業(=教員の職務範囲)の合間の休憩時間として認識されている結果と考えられます。このため、児童の方も、給食時は個々の自由時間として好きなものを選択または持参して食べるといった傾向があるようです。このような状況では、給食を通して手洗いなどの衛生管理や望ましい食習慣を学ぶことは難しそうです。またこの選択制のため、そもそも給食を通して、必要な栄養量を子供たちが摂取できているかを管理するのは難しいといえます。

③ 共通の食文化
お弁当の持参という選択肢がなく一斉に給食を食べるシステムが機能しているのは、日本の食事に対する考え方・食習慣が比較的共通していることも一つの要因です。日本では、食べられる食材に制限のあるイスラム教徒、ヒンドゥー教徒などが少なく、ベジタリアン、ビーガンもなかなか見かけません。(少なくとも、ベジタリアンと表明している人は少ないように感じます。)イギリスでは、約5%がムスリムであり、民族的な多様性が高い他、1/4以上の家庭で夕食に肉や魚を食べていないというアンケート結果も話題になりました。このため、自分の家庭の食事の方針にあった食事をお弁当として持参する、という選択肢に対するニーズが高いのです。このような状況では、一律の学校給食を通して、という方法での食育は難しそうです。

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おわりに

日本の学校給食は、教育の一環として位置づけられ、専門教諭/職員にて運営されていること、このため「栄養バランスが管理されている子供にとって理想的な食事」とのイメージ・信頼を得ていることに加えて、児童の食習慣の多様性、つまり宗教その他の理由で食べられない/食べないものがある場合が多くないようにみえ、同一メニューでの提供が比較的容易な状況と言えます。このため、「子供たちに栄養バランスの取れた食事を提供する」という目標を効率的に達成することができている他、衛生教育/食育といった観点も担うことが可能になっています。
このような日本の給食文化は、途上国の子どもの栄養状態・衛生状況の改善のための方法として、さらには諸外国でも導入した方が良いのではという議論もありますが、サルタックブログでしばしば指摘されているように、今回紹介したような各国の社会的なコンテクストを踏まえることが大切、ということが改めて分かります。

個人的には、親としても「たまにはお弁当かを選べた方が良い」「子供に選ばせると偏るから皆で同じ給食を食べるようにしてほしい」…等とその時々で考えてしまいがちですが、給食の位置づけや前提条件/背景についても考えることで、それぞれの給食の在り方について、もう少し理解/納得できるのではないかと思います。

 
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